第151話 兄の知らぬ妹の葛藤
「ん……うぅ……」
熟睡の境地から舞い戻った
砂の上に敷かれたレジャーシートの感触ではない。少し固くて高さの合わない、それでいて温かくてすごく心地よい枕……いや、膝枕である。
「お兄ちゃん……」
顔を上げてみれば、すやすやと穏やかな寝息を立てている
隣にいたはずの双子がいなくなっている辺り、相当な時間寝落ちてしまっていたのだろう。その間、兄は自分のためにここに居てくれて――――――。
「……ばか、男の膝枕じゃ寝付き悪いじゃん」
そう言いながらも嬉しそうに微笑んで、寝ぼけ眼を擦りながら莉斗の膝に顔を埋める美月。
それから彼女は起き上がると、起こしてしまわないようにそっと抱きついてから、耳元で「大好き」と囁く。もしも彼に意識があったなら赤面ものだ。
「お姉ちゃんたちも見てないし、今のうちにキスしちゃおっかな〜?」
そんな独り言を呟きつつ、拒まれ続けてきたことをするためにゆっくりと顔を近づけていく美月。
どうして勢いでやってしまわないのかと聞かれれば、本人でさえ分からないと首を傾げるだろう。
だって、彼女にとって躊躇う必要なんてないはずなのに、どこからともなく現れた自制心がそうさせているのだから。
「ほら、しちゃうよ……?」
唇が少し近付く度、鼓動がより早くより強くなっていく。同時に兄に対する好きという感情も高まり、残すところほんの数cmになった。
「妹にされちゃうんだよ?」
「すぅ……すぅ……」
「止めてくれないと……止まれないんだけど……」
「すぅ……すぅ……」
「っ……」
引き金を引きたくても引けないドラマの登場人物は、きっと今の自分のような気持ちなのだろう。
そう思ってしまうほど、顔はそれ以上近付くことが出来なかった。
どれだけ体重を前に傾けたとしても、磁石の同じ極をくっつけようとした時のように、グッと反発して押し返されてしまう。
「……ああ、私出来ないんだ」
同意さえあれば兄妹でも一線を超えて大丈夫。そんなことを言って兄を襲ったくせに、同意がないから超えることを躊躇っているのだ。
美月は最近分かってしまったから。兄が本気で抵抗しないのは、喜んでいるからではなくて自分に怪我をさせたくないからだということに。
「何をしたところで、私はお兄ちゃんにとって妹でしかないんだよね。お姉ちゃんたちみたいにはなれないんだもん……」
そう呟いて彼女は唇を引っ込めると、代わりに妹らしくほっぺに軽くタッチするように口付けをして、強引に自分を満足させた。
「……ん? 美月、起きてたんだ」
「お兄ちゃんの方が寝坊助だったね?」
「ごめん、結構疲れちゃってたみたい」
「美月の膝、空いてますよ?」
「遠慮しとく、後が怖いし」
「……」
「どうかした?」
「ううん、なんでもない! 遊びに行こ?」
「そうだね、行こっか」
美月の葛藤を知らない莉斗は、自分の何気ない言葉で彼女が少し胸を痛めているとはつゆ知らず。
ため息を心の中だけに留めた美月は、遠慮の中に詰め込んだ感情をそっと胸の奥の方へと隠すのであった。
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