第152話 たった一歩で引き返せないラインがある

 双子たちはあまり深い場所へは行けないため、今日は基本的に浅い場所で日が傾き始める頃まで遊んだ。

 あかねあおいは遊び疲れてしまったようで、美月みつきとミクにおんぶしてもらって先に戻ってもらう。

 運ぶ人数が減った分少し重いが、後は部屋でのんびりするだけだと思えば、そう辛くはなかった。


莉斗りと君、楽しかったね」

「そうだね。久しぶりの海だったし」

「久しぶりのかわいい女の子の水着かぁ」

「自分で言っちゃうんだ」

「ふふ、冗談だよ」

「確かに可愛いけど」

「っ……不意打ちはズルくない?」

「正直に言っただけだよ、可愛いって」

「もぅ……」


 彩音あやねは照れてしまったのか、左手で口元を隠しながら目を背けてしまう。

 からかう気持ちが少しもなかったと言えば嘘になるが、こうな表情を見せられて可愛いと思わない男がいるはずがないのだ。


「こ、この話は後にしよっか……」

「そ、そうだね……」


 しばらく見つめているとお互いに気恥ずかしくなり、彼女の言葉で2人は荷物を抱えてホテルへと足を向ける。

 だが、夕日のオレンジに照らされた彩音の困ったような笑みが頭に焼き付いてしまった莉斗は、ふと彼女の腕を掴んで引き止めてしまった。


「え、莉斗君……?」

「部屋に帰ったら茜たちがいるし、出来るチャンスがあるか分からないから……」

「待って、他に人もいるんだよ?」

「誰も見てないから大丈夫」

「そんなこと言ったって――――――んむっ?!」


 彩音の言葉の終わりすら待たず、彼は強引に唇を重ねてしまう。もう何度したかも覚えていない接吻だが、普段よりも自分が積極的だということは莉斗自身も感じていた。

 きっと、夕日が心にイタズラをしているのだ。そう心の中で自分に言い聞かせながら、段々と抵抗する力を弱めていく彩音に何度も口付けをする。


「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……」


 ようやく唇を離した時には、2人とも耳を赤くして息も荒くなっていた。

 このまま部屋に戻っても、朝まで我慢できるか分からないような状態だ。むしろ初めよりも気持ちが高まってしまっている。


「ねえ、莉斗君?」

「なに?」

「……付き合わなきゃ次に進めないのは分かってるよ? でも、私はそろそろ我慢できなくなりそうだよ」

「そ、それってつまり……」

「キスとか耳舐めとかよりもっと先に進みたい」


 とろんと蕩けながらも真剣な眼差しで、真っ直ぐに飛んでくるような声でそう言い放つ彩音。

 莉斗は少しの間動揺してしまったものの、自分がずっと我慢させていたのだと反省すると同時に、早く答えを出さなくてはという焦燥感を覚えた。


「彩音さんのことは好きだけど、ミクとの間で悩んでる状態でなんて悪いよ」

「私はそれでもいい。ミクちゃんだって、きっと同じ気持ち」

「でも、取り返しのつかないことになったら……」

「後悔なんてしない。だって、莉斗君が好きだもん。好きな人とそういうことが出来て、たとえ選ばれなくても後悔なんてするはずない」


 彼女は「だから……ね?」と下唇を噛み締めながら見上げてくる。

 その瞳から伝わってくるのは、『お願い』とおねだりするような気持ち。相当な間、ずっと心の中に閉じ込めていてくれたのだろう。

 これ以上我慢させるのは酷でしかない。莉斗にだって一線を超えたい気持ちはあるのだ、彩音が良いというのならいっそのこと全部忘れてしまおう。


「彩音さん、わかっ――――――――」


 気持ちを固めて、いざ了承しようとしたその瞬間。肩を叩かれたことで、張り詰めていた緊張の糸がプツッと切れてしまった。


「やあ、少年。今からお帰りかな?」

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