第146話 努力には順序が大事

あおい、僕に迷惑かけたくないって思ったでしょ」

「思いました……」

「うん、素直でよろしい」

「ん、えへへ♪」


 えらいえらいと頭を撫でてあげると、葵は嬉しそうに笑ってくれる。今立っている膝下くらいの水深にはもう慣れたらしい。


「今度は自分の足でさっきの場所まで行こっか」

「……はいです!」


 であれば、数十分前のリベンジだ。莉斗りとは両手を握りながら彼女を誘導し、少しずつ深い場所へと向かう。

 一歩進む度に水面は葵の体を飲み込んでいき、膝、太もも、そして腰までが海の中という状態になった。


「葵、大丈夫?」

「…………」

「葵?」

「……です……」

「ん?」

「平気です! 海って怖くないです!」


 自分自身の成長に驚いてしまったのだろう。彼女は興奮気味にそう声を上げると、飛び跳ねながら莉斗に力いっぱい抱きついてきた。


「莉斗兄ぃのおかげです!」

「ううん、葵が頑張ったからだよ」

「ひとりじゃ出来なかったですよ」

「僕だってひとりじゃ教える相手がいなかったよ」


 彼の返しに葵は「それもそうですね」とクスクス笑うと、もう一度心底嬉しそうに抱きついてきてから、いつの間にかこちらを見つめているみんなの方を振り返る。


「莉斗兄ぃ、混ざりましょう!」

「そうしよっか」

「早く行きましょう♪」

「あ、そんなに走ったら―――――――」


 バシャァァァァン!


 水をかき分けるように駆け出した葵は、4歩目を踏み出したところで砂に足を取られて転んでしまう。

 勢いよく水しぶきが上がる光景に、みんなは慌てて寄ってきて、ブクブクと息を吐きながら浮かぶ葵を抱え上げた。


「葵、怪我してない?」

「怪我は大丈夫です……でも……」

「でも?」

「……う、海はやっぱり怖いです」


 この時、莉斗は自分の失敗に気がついてしまう。水を怖がる子が水の中で遊べるようになるには、水に触れさせて慣れるだけではダメだったのである。


「そっか、泳げないんだもんね……」


 慣れた後は、水の脅威から身を守る術を教える必要があったのだ。でなければ一度のミスで逆戻りしてしまうから。


「葵、お兄ちゃんが泳ぎを教えてあげるよ」

「その前に……休んでもいい、ですか?」

「そうだね。僕も少し休もうかな」


 結局、2人が海から上がるならと他のみんなも一度パラソルの下に戻って、海の家で何か食べるものを買ってくることになった。

 運動をするためには沢山エネルギーが必要だからね。もしかすると、無人島に流される可能性だってあるわけだし。いや、無いか。


「じゃあ、僕がみんなの分を買ってくるよ」

「お兄ちゃん、私も行く!」

「あたしもいく。3人居れば全部一度に持てるだろ」


 そういうわけで、莉斗と美月みつきあかねが買い物に行き、他は荷物を見張る係となったのだった。

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