第145話 嫌いなものを嫌いと言えない世界は腐ってる

 浮き輪に空気を入れ終え、いざ海に入ろうとみんなが一斉に走り出す中、波打ち際で足を止める者が一人。


あおい、どうしたの?」

「わ、私……泳げないです……」

「そう言えば、水が苦手なんだっけ」

「はいですぅ……」


 莉斗りとはしゅんと落ち込んでしまう彼女の頭を撫でつつ、そっと手を握って目線の高さを合わせてあげる。


「まずは水に慣れよっか」

「は、はぃ……」


 足のくるぶしが浸かる程度の場所に2人でしゃがみ、手のひらでぴちゃぴちゃと水面を叩く。

 水に恐怖心を抱いているのなら、水と戯れることから始めるのが適切なのだ。


「ほら、怖くないでしょ?」

「こ、怖くないです!」

「次は座ってみよっか」

「……」コク


 葵は緊張した面持ちで体重を後ろに傾かせていく。途中までは順調だったが、お尻が水面につくギリギリで怖くなってしまったらしい。

 莉斗の腕にギュッと抱きついてくると、「て、手伝ってください……」と目を潤ませた。


「わかった。ゆっくり下ろすからね」

「……」コクコク

「大丈夫、大丈夫だよ」

「……ひぅっ?!」


 水が触れた瞬間に体をビクッとさせる葵。莉斗はそんな彼女の背中を支えながらしっかりと海底の砂と肌を密着させる。


「っ……っ……」

「どうかな。痛かったり辛かったりする?」

「……それは無いみたいです」

「まだ怖い?」

「す、少しだけ。でも、耐えられます!」

「葵、すごいよ!」

「えへへ♪」


 相変わらず腕は離そうとしないものの、笑顔を見せてくれるくらいには慣れてきたらしい。

 彼はそう判断すると、「次の段階に進もう」と葵をお姫様抱っこした。


「な、なななんですか?!」

「もう少し深いところに行くよ」

「待ってください! まだ心の準備が……」

「まだ腰くらいの深さだから平気だよ」


 そう言いながら丁度よさそうな場所に下ろそうとすると、体が沈んでいく感覚にパニックになった葵が暴れ始める。


「い、嫌です! 溺れたくないです!」

「落ち着いて、大丈夫だから」

「莉斗兄ぃ、手を離しちゃイヤです!」


 絶対に落ちたくないとばかりにしがみつき、脚まで腰に回してプルプルと震える彼女。

 みんなが楽しそうに遊んでいるから、早く混ざれるようにしてあげたいと思うばかり、少しレベルを上げすぎてしまったらしい。


「ごめんね、すぐ戻るから」


 莉斗がそう呟いてくるりと浜辺の方に体を向けると、葵は途端に冷静になって見つめてきた。


「だ、大丈夫です。ここでも……大丈夫です……」

「無理しなくていいよ」

「してないです! もう子供じゃないです、入ってみればきっとなんてこと……」


 自分に言い聞かせるように『平気です』を繰り返す様子に、彼は腕を離そうとする彼女の体を引き止めるように自ら抱きしめてしまう。


「葵はまだ子供だよ。強がるのは子供のすることだもん」

「そ、そんなことは……!」

「でも、悪いのは僕だね。強がらせてごめん」

「……うぅ、莉斗兄ぃ」

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