第141話 海と妹は混ぜるな危険

 最寄り駅から電車に2時間、乗り換えてから更に30分揺られた一行は、車窓から見えた広大な青に思わず息を漏らした。


「すごく綺麗です!」

「それに広いな!」

あかねちゃん、あおいちゃん。乗り出しちゃダメよ?」

「窓からでも出したらダメだからね?」


 お姉さん2人に注意されると、「「はーい」」と素直に言うことを聞く双子。

 一方、先程から静かな美月みつきは、座席に寝転んで莉斗りとに膝枕をされていた。


「美月、大丈夫?」

「うっ、気持ち悪い……」

「ほら、エチケット袋持って。お姉さんの真似なんてからこうなるんだよ」

「……ごめんなさい」


 彼女は電車に乗ってから、茜たちの面倒を見てくれていたのだ。

 しかし、2人に『お姉さんなら……』と茶化され、持ってきていたいろ〇すの早飲み対決で茜に買った結果がこの有様だ。


「美月は妹なんだから、お姉さんになるのはまだ早いと思うよ」

「でも……」

「もしかして、僕がミクたちに感謝してるから、自分もお姉さんにならなきゃとか思ってる?」

「っ……」

「図星なんだね」


 莉斗はやれやれと首を振ると、美月の頭を撫でながら「バカだね」と呟く。

 そして、追加で「でも、ありがとう」と微笑んでみせた。何も悪いことをしたわけではないのだから、叱るつもりもはなからないのだ。


「妹は妹らしくいて欲しいよ。年上の人に甘えるのも、妹の仕事でしょ?」

「私はもう子供じゃないもん」

「子供じゃなくても僕の妹だよ。面倒を見るのも、尻拭いをするのも僕の仕事だから」

「お兄ちゃん……」


 彼女は少し目を潤ませると、顔の向きを変えてこちらから目を逸らす。

 そのまま莉斗の太ももに頬を押し付け、不安そうな声で聞いてきた。


「甘えるのも仕事?」

「もちろん」

「じゃあ、甘える。お兄ちゃん、大好き」

「よしよし。そういうのでいいんだよ」


 彼にしか聞こえないような声で囁きながら頬ずりをする。こういう兄の本能に『守れ』と訴えかけるような行動こそ、妹らしいものなのだ。

 まあ、逆に頼らずに反抗ばかりするというのも、ある意味別の形の妹像ではあると思うが。


「……ねえ、お兄ちゃん?」

「どうしたの?」

「もっと甘えたい」

「いいけど、茜たちに恥ずかしいのはやめてね」

「大丈夫だよ。見られない場所でするから」


 美月の言葉に莉斗が「見られない場所?」と聞き返すと、彼女は体を起こしながら車両の前方を指さして見せる。

 その先を目で辿ってみれば、どう足掻いても行き着くのは車内トイレ。確かに見られない場所ではあるものの――――――――――。


「その『甘える』って、兄妹としてじゃないよね?」

「もちろん男女としてだよ♪」

「……さては、もう元気になってる?」

「えへへ、まだフラフラするなぁ?」

「あ、ちょ?! うつ伏せにならないでよ!」


 少しズレれば危険な位置に顔を埋められ、大慌てする莉斗。その様子を見て楽しそうに笑う美月。

 彼女が兄を本気でトイレに連れ込もうとした直後、駅に到着したおかげで何事も起こらずに済んだ。しかし。


「まだチャンスは沢山あるからね?」

「もう勘弁してよ……」

「いーやーだ♪」


 やはりこの旅行は無事で済みそうにないと、頭を抱えさせられる莉斗であった。

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