第136話 旅行の準備はじっくりと

 普段使っているのと同じ日焼け止めを買った一行は、次に水着関連のお店へとやってきた。

 ここではもちろん水着を選ぶのだが、その前に他に必要なものを選ぼうと言うことになり、今は砂浜に敷くためのレジャーシートを選んでいる。


「これだけの人数がいると、大きい方がいいわよね」

「柄も可愛いのがいいかな」

「人も多いだろうし、目立つ方がいいだろ」

「私もそう思います!」


 こういう時は女子に任せた方がいい。本能がそう告げている莉斗りとは、「そうだね」と賛成だけをしておいた。

 何か意見を言ったところで、多数派になりやすい女子勢が勝つのは分かりきっている。言わぬが仏とも言うし。……あれ、何か違うかな。


「じゃあ、このハートが沢山書かれたのにする?」

「趣味は悪いけど目立ちそうね」

「まあ、分かればなんでもいいんじゃないか?」

「座れれば問題ないです!」


 絶対に恥ずかしい思いをすることになるけれど、それでも口を出さない方がいいのだ。

 ただ静かに嵐が過ぎるのを待つのである。知らぬが花って言うし。……やっぱり何か違う。


「次はパラソルが必要よね」

「日差しがキツそうだもんね」

「さすがにずっと影無しってのはな」

「倒れちゃいますよ」


 ワイワイと楽しそうに話しながら、次のエリアへ移動する4人。彼女たちからさりげなく渡されたレジャーシートをカゴに入れ、莉斗も後を追いかけた。

 その先では彩音あやねが1本のパラソルを見つめて首を傾げている。何か疑問でもあるらしい。


「この透明なパラソル、意味あるのかな?」

「パラソルと言うより傘よね」

「でも、値札付いてないぞ?」

「誰かの忘れ物ですか?」


 今日は晴れてるのに……なんて話しながら忘れ物は店員さんに預け、4人はズラリと並ぶパラソルをひとつずつ観察し始めた。


「これは地味よね」

「こっちは派手かな」

「これなんてどうだ?」

「もう少し大きいのがいいと思います!」


 あれじゃないこれじゃないと10分ほど議論した後は、選んだ数本を莉斗に順番に持たせていく。

 彼が「なんのための確認なの」と聞いてみると、ミクは当たり前のように「荷物を持つのは莉斗なんだから似合わないと」と言ってのけた。


「あれ、今回の旅行って何で行くんだっけ?」

「電車よ。汐音しのんさんが事務所との打ち合わせがあって車を借りられないから」

「家からずっとこれを抱えるの?」

「莉斗、ファイトよ」

「そ、そんなぁ……」


 パラソルを床に立ててみれば、自分の胸くらいまでの高さはある。こんなものを持ち運ぶのは、大会へ向かう弓道部員くらい大変だろう。

 それでも必須ではあるので、誰かは持たなければならない。しかし、あかねあおいが持てば身長と同じくらいになるし、ミクや彩音に持たせるのも忍びない。

 要するに、重いものは莉斗が持たなければならない運命なのだ。力では葵を除く他全員に負けていると言うのに。


「ふふ、大丈夫よ。このパラソル、こうやって折りたためるから」


 ミクはそう言ってパラソルを受け取ると、棒の部分を折り畳み傘のように押し込み、傘の部分は固定している金具を外して三つ折りにした。

 そうやって小さくなったものを専用の袋に入れれば、水筒くらいのサイズにまで小さくなる。


「す、すごいね……」

「これなら楽々運べるでしょう?」

「うん!」


 さすがは現代の技術、抜かりないね。莉斗がそうやって感心していると、ミクが耳元に口を寄せてきた。


「これで空いた手、繋げるわね?」

「っ……」

「まあ、他の荷物を沢山持ってもらうことにはなるけど」

「……え?」


 そう楽々は海にたどり着けないらしい。

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