第132話 騙し続けるにも覚悟が必要

「じゃあ、始めるよ?」


 そう聞かれて頷いて見せると、ミクは紐のついた五円玉を揺らしながら定番のあのセリフを口にした。


「あなたは段々眠くなる〜」


 それを繰り返し言われていると、3回目くらいで自然とあくびがでてくる。

 本当に催眠術が効いているのかとも思ったけれど、単に普段よりのんびりしたミクの声に安心して、穏やかな気分になってるだけだった。


「あなたは段々眠くなる〜」

「すぅ……すぅ……」


 催眠術には全くかかっていないものの、とりあえずガクッと頭を下げて寝たフリをしておく。

 莉斗りとはこの後のミクがどんな行動を取るのかが気になっているのだ。


「莉斗、寝ちゃったの?」

「すぅ……すぅ……」

「ほ、本当に寝ちゃってる。……ふふふ」


 薄目を開けて様子を伺ってみれば、彼女は五円玉を見つめながら何やら悪そうな顔をしているではないか。

 それでも単なる演技なので、間違いが起きる心配はない。いざと言う時は抵抗できるのだから。押し切られたらどうしようもないけれど。


「じゃあ、莉斗に命令しないといけないわね」


 ミクはそう言いながら顎に手を当てて悩み、十数秒後に「初めは軽いやつからよね」なんて呟きながら耳元に顔を寄せてきた。


「私が合図したら、莉斗は犬になるの。私の飼ってるワンちゃんよ、すごく懐いてるの」


 言い終えると同時に指を鳴らす彼女。これが合図だろうと判断した莉斗は、羞恥心を感じながらも彼女の横で四つん這いになって見せる。


「あら、まさか効いたの?」

「わん!」

「…………」


 返事をするように鳴いてみれば、ミクは眉をひそめて顔を覗き込んできた。

 さすがにこれは怪しまれたか。そう一瞬背筋が伸びたものの、彼女は表情を蕩けさせて莉斗にギュッと抱きつく。


「可愛すぎるわよ!」

「くぅ〜ん」

「ああ、死ぬ。キュン死しちゃう」


 どうやら本当に催眠にかかっていると信じ込んでいるらしい。ならばこちらも躊躇うことなく演技ができる。

 そう思った彼は羞恥心という概念を一度頭の隅っこに避けて置き、本物の犬になりきってミクにじゃれついた。


「莉斗、元気すぎるわよ」

「わんわん!」

「ふふふ、偉い子だから言うこと聞けるわよね?」

「わん!」

「ん、いい子いい子。じゃあ、これから言う指示を覚えるのよ」


 ミクは莉斗に向かって『おすわり』『まて』『おまわり』を順番に教えていく。

 本来なら全て一発で出来るのだが、本物っぽく見せるためにぎこちなくしたり失敗したりしておいた。

 そのおかげと言うべきか、そのせいと言うべきか。さらに信じ込んだ彼女は、ついに本命としてとっておいた指示を教え始める。


「莉斗、『ちゅー』を教えてあげる」

「……?」

「私が『ちゅー』と言ったら、唇をくっつけるの。上手く出来たらご褒美をあげる」

「くぅ〜ん?」

「やり方がわからないの? こうするのよ」


 理解できないふりをして乗り切ろうとしたものの、相手が犬だと信じ込んでいる彼女の頭の中に躊躇いという言葉はない。

 抵抗しようとする間もなく腕を掴まれ、そのまま強引にキスをされてしまった。


「んふふ、犬ならし放題よね」

「……」

「ほら、『ちゅー』よ。莉斗もしてみて」

「……」

「ご主人様の命令が聞けない悪い子なのかしら?」


 ギリギリまで粘ろうとはしたが、演技をしていることがバレるか、お仕置と称してさらに激しいことをされるかの境地に追いやられてしまい……。


「んぅ」

「んっ、もう一度『ちゅー』よ」

「わ、んん……」

「そう、上手。ご褒美に気持ちいいことしてあげる」

「……へ?」


 その後、強引に押さえられていつものように耳をいじめられたのだが―――――――――。


「ほら、もっと鳴いていいのよ」

「はぁはぁ、ぁん……」

「ふふ、鳴き声が喘ぎ声になっちゃったわね」

「はぁ……はぁ……」


 何故か犬の真似をしながらの方が、興奮している自分がいることに気がついてしまう莉斗であった。


「へ、変になるわん……」

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