第128話 第一印象にとらわれないことが大事

 石を砕いたはずのハンマーがプラスチックに変わったトリックは、その状況を見ていれば簡単に解明できる。

 彩音あやねは脅すことで男に土下座させ、視界に自分の手が映っていない間にポーチの中に入っていたおもちゃのハンマーと取り替えたのだ。

 要するに、彼女は初めから怪我をさせるつもりはなく、平和的とまではいかないが悪に手を染めるような方法は避けていたということ。


「お、俺……生きてる……」

「はい、残念ながら生きてます」

「彩音ちゃん? 少しやりすぎなんじゃないかな?」

「どの口が言ってるんだか」


 彩音に攻撃する意図がないと分かったからか、立ち上がった男は引き攣った笑顔を浮かべながら彼女に詰め寄った。


「顔が可愛いから優しくしてやってるだけなんだよ。あんまり調子に乗るな」

「……ついに本性を現しましたね、先輩」

「なんだよ、腰抜け姉の妹くらい簡単に黙らせられんだぞ?」

「なるほど、黙るですか。そうですね、黙っちゃうかもしれません」


 彩音が「あなたの頭の悪さに」と続けた瞬間、カチンときてしまった男の手が胸ぐらを掴む。

 それを見た莉斗りとが助けに入ろうとすると、一瞬こちらを見た彼女が両肩を掴んできた。

 何をする気かと思う間もなく、彩音の体重がのしかかってくると同時にその体が彼の顔の高さまでふわりと浮く。そして。


「ぶへっ?!」


 胸ぐらを掴んでいた男の手は彼女が体を回転させるたことで離れ、その勢いのまま首の裏へと叩き込まれたかかと落としによってコンクリートの上に倒れ込んだ。


「彩音さん、すごい……」

「いざと言う時のために練習した護身術♪」

「彩音さんを敵に回さなくてよかった」

「莉斗君なら、耳を攻めたら逃がしてくれちゃうね」

「……もう、今そんなこと言わないでよ」

「ふふ、後でしてあげちゃおっかな?」


 彩音はそんなことを言いながら、フラフラと立ち上がる男の方へと視線を戻す。

 そしてスマホのカメラを彼の方へ向けると、「謝罪、してください」と冷たい声で伝えた。


「こんなのでは姉の気持ちは晴れませんけど。あなたに謝る気持ちが少しでもあるなら」

「ちょ、直接じゃだめか?」

「クズ男を姉に会わせろと? 笑わせんな」

「……わかった、ここで謝る」


 ようやく観念したのだろう。その後、男に3分ほど謝罪の言葉を述べさせた後、彼女は「さっさと消えろ、クズ」と路地裏から追い払った。


「ふぅ。変なことに巻き込んでごめんね」

「ううん、汐音しのんさんのことは心配してたから、解決して良かったよ」

「この前呼び出したのって、お姉ちゃんが相談するためだったの?」

「えっと……そ、そうだよ。相談されちゃって」

「本当に相談だけ?」

「う、疑うの?」

「ふふ、確認しただけだよ♪」


 彩音は「じゃあ、帰ろっか」と路地裏から出ていく。その背中を眺めていた莉斗は、ずっと静かに待っていてくれたあかねあおいの頭を撫でてあげる。


「僕が彩音さんを好きな理由、分かってくれた?」

「そう、ですね」

「姉想いなんだな、あいつ」

「うん、すごく優しいんだ。茜のことだって泣かせるつもりはなかったと思うよ?」

「……そういうことなら、少しは見直してやる」

「私も茜ちゃんに賛成です」

「2人とも、いい子たちに育ってくれてよかったよ」


 この様子なら、これからは少し彩音さんとの距離も縮まってくれるだろう。

 莉斗は心の中でそう呟きながら、2人を手を握って路地裏を後にするのであった。

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