第107話 誰かに助けを求められるのも強さ

「き、ききききキモキモキモ……」

「彩音さん、そんなに言われたら違う意味でも傷つくよ」

「ご、ごめん……でも、肝試しなんて……」


 この反応を見るに、彩音あやねは怖いものが苦手らしい。全くそういうイメージが無かっただけに驚きだ。


「じゃあ、先に終わらせる?」


 その言葉に頷くのを確認して、莉斗りとは彼女の手を取って立ち上がるのを手伝ってあげる。

 女将さんが言っていた『3組』というのは、彩音・ミク・美月みつきがそれぞれ莉斗と組むという意味なのだ。

 このスタート地点なら女将さんがいてくれるし、明かりだってちゃんとある。長く待たせて恐怖を増させるよりも、初めに彩音を連れていくのが最善だろう。


「では、最初はそちらのカップルからということで」


 女将さんがもう1組を送り出してから5分ほど間隔を空け、その次が莉斗たちの順番だ。


「無事に帰ってきてくださいね、ふふふ……」


 光る棒をフリフリと振りながら見送られ、2人は森の奥の方へと進んでいく。

 この道の先には古びた建物があり、その中にある机の上のものを撮って戻ってくればクリアなんだとか。


「彩音さん、大丈夫?」

「だ、だだだだだいひょうぶ!」

「全く大丈夫そうじゃないけど……」


 歩き出してから10分間、彼女はずっと莉斗の腕に掴まっていた。

 その締め付け具合に遠慮も加減もないため、彼の右腕は血が行き届かずに元気を失っている。

 さすがに少し緩めてもらおうと声をかけようとした瞬間、どこからか女の人の叫び声が聞こえてきた。


「ひぃっ?!」

「痛い痛い! 彩音さん、痛いよ!」

「ご、ごごごごめん!」


 反射的な訴えに飛び退くように離れてくれる彩音だが、掴まるものがないことが不安なのか自分の服をぎゅっと握りしめながら小刻みに震えている。

 それに気がついた莉斗は彼女を引き寄せると、「できるだけ優しくね」ともう一度腕を貸してあげることにした。


「ありがと……」

「ううん、怖いのが苦手なら仕方ないよ」

「ねえ、莉斗君は怖くないの?」

「少しは怖いけど、彩音さんを見てると安心できるから」

「安心?」

「自分より怖がりな人がいるんだ、ってね」

「……もう、いじわる」


 彼が「それに、守りたくなるから」と続けると、照れたのか彩音は二の腕に顔を埋めて隠してしまう。

 それでもうっすらと見える耳は赤くなっていて、莉斗はそんな様子に頬を緩めながらゆっくりと歩き出した。


「さ、叫び声がしたってことは、この先に怖いものがあるってことだよね……?」

「転んじゃっただけかも知れないよ?」

「こ、こここ転ぶの?!」

「怖さの基準がめちゃくちゃになってるね」


 肝試しと言えど、今のところおばけらしいものは見えていない。

 肝試しとは本来『結局何もいなかったな』という感じで終わるものだし、退屈する訳でもないので問題は無いのだが……。


「あ、どうも。お疲れ様です」

「……莉斗君誰に挨拶したの?」

「旅館のお化け役の人だよ、今居たでしょ」

「待って、誰もいなかったよ?」


 あわあわと慌て始める彼女の様子を見ながら、心の中で『まあ、嘘なんだけどね』と笑う莉斗。

 これは以前のビリビリの仕返しでもあるからね。彩音さんをからかえるチャンスなんて多くないから、借りは今のうちに返しておかないと。


「……私、普通の人が見えなくなっちゃった?!」

「いや、見えちゃいけないものが見えてないんだよ」

「どうしよう、莉斗君まで見えなくなったら……」

「あの、彩音さん?」

「家に帰れなくなっちゃうよぉ……」

「あ、いや、もしもーし?」


 この後、誤解を解くためにめちゃくちゃ謝ることになったのだけれど。

 まあ、真実を知ってからの怒り方が可愛らしかったから、彼からすればむしろ得した気がしなくもない。


「次やったら生霊飛ばしてお風呂覗くから!」

「見えないから気付かないけど……」

「乗り移って操作しちゃうし」

「何するつもり?」

「……うへへ♪」


 結局、何をするのかは教えてくれなかった。

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