第104話 昔話は自分を見つめ直すいい機会になる
『あ、あった!』
靴を見つけたのは、夕日がほとんど建物の影に隠れてしまうような時間。もう少し遅ければ、暗闇に呑まれて何も見えなくなっていただろう。
『ミク、見つけたよ。これを履いて帰ろ』
靴を履かずに歩き回っていた彼女の靴下は砂まみれになり、破けている箇所から切り傷があるのか血が出ていたから。
『……帰ろう』
このまま履けば、大切な靴に汚れがついてしまう。それはダメだと思った莉斗は、靴を二足合わせて左手に持つと、ミクに背中を差し出した。
『おんぶなんて恥ずかしい』
『大丈夫、僕も恥ずかしいから』
『……全然大丈夫じゃないよ』
そう言いながらも体を預けてくれる彼女に微笑みつつ、しっかりと右手で体を支えてあげながら立ち上がる。
少しずつ黒に染められている空を眺めながら帰宅した2人は、他の場所を探し回って帰ってきたそれぞれの親に泣きながら抱きしめられた。
あの時、ミクの父親に言われた言葉を莉斗は今でもはっきりと覚えている。
『ミクの傍にいくれてありがとう』
一度放って帰ったというのに。そうでなければ、もっと早く見つけられたかもしれないのに。
子供なりにチクチクと胸が痛んだとのの、泣いて喜ぶおじさんに真実を言えるはずもなく、彼はにっこりと笑顔を作って伝えたのだ。
『大事な幼馴染だから』
「その大事な幼馴染と距離を取ってたのは、どこの誰だったかしらね?」
「み、ミクだって離れてたじゃん」
「ふふ、でもまた傍に来てくれて嬉しかったわ」
「強引に引き寄せられたんだけどね」
莉斗はあの時の靴が、まだミクの家の下駄箱に入っていることを知っている。
彼女はあの日以降、学校にその靴を履いてくることが無くなったのだ。もちろん無くしたくないからという理由で。
けれど、今でも時々あの靴を取り出しては、靴磨きをしながら母親にするように話し掛けているらしい。「私、もう寂しくないよ」と。
「懐かしいね」
「そうね、あの頃に戻りたいわ」
「何か心残りでもあるの?」
「心残りというか、しておけば良かったって思うことはあるわね」
莉斗が「教えてよ」と言うと、ミクは少しはにかんでから、彼の耳に口を寄せて小声で囁いた。
「
「っ……」
「あの頃からずっと好きなんだから、ね?」
頬を赤らめつつ、そっと彼の胸に手を添えて体重をかけてくる彼女。
恋において大事なのは時間ではないと言うが、ミクはそれだけの期間、誰よりも莉斗を愛していたのだ。積み重なったものは計り知れない。
「莉斗……」
「ミク……」
お互いに名前を呼び合うのを了承のサインと捉え、ゆっくりと顔を近付けてくる彼女。
しかし、唇が触れ合うことはなく、ミクはその場にコテンと転がって「し、痺れた……」と足を押え始めた。
「ミク、何をやって……」
不思議に思った莉斗は、後ろを振り返ってみてその意図に気が付く。
障子の隙間から
その後、倒れながらも耳まで真っ赤にしているミクのために、必死に演技に付き合ってあげたものの、結局は不発に終わってしまうということは言うまでもない。
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