第99話 風呂は一人で入るに限る

莉斗りと君、腕上げて?」

「う、うん……」

「お兄ちゃん、首洗うから上向いて?」

「う、うん……」

「莉斗、気持ちいい?」

「う、うん……」


 風呂に連れ込まれ、強引に脱がされてから5分ほどが経った頃。莉斗は6本の腕によって全身をゴシゴシと現れていた。

 彩音あやねが腕を洗ってくれるのは、視覚的情報を遮断すれば特に問題は無い。

 しかし、美月みつきが上半身を洗いつつ、片手を下半身に滑り込ませようとしてくるのを防ぐのに忙しいせいで全く落ち着けないのだ。

 まあ、それが無くとも背中に触れるもにゅっとした感触のせいで、心臓は静かになってくれそうにないけど。


「み、ミク? 当たってるんだけど……」

「違う、当ててるのよ♪」

「っ……」


 普段なら可愛いと思えるであろうセリフも、今は悪魔の囁きにしか聞こえない。

 彼女は知らないのだ、莉斗がどれだけ下半身を活性化させないように意識を切り離そうと必死なのかを。


「莉斗、我慢しなくていいのよ?」

「にゃ、にゃにを言って?!」

「痒いところがあったらかいてあげるから、ね?」

「ま、紛らわしい言い方しないでよ……」


 前言撤回、ミクは完全に分かってからかっている。あわよくばそのまま流れに任せて行けるとこまで行っちゃおう、なんてことも考えているかもしれない。

 幼馴染ながら末恐ろしい存在だ。より一層気を貼らなければ――――――――――。


「り・と・くん♡」

「ひぅっ?!」


 突然耳元で囁かれ、体がビクッと跳ねる。その拍子に体が後ろへと傾き、ミクが抱きしめるようにして受け止めたことで、彼の後頭部が『むにゅん』に沈みこんだ。


「もう、ミクちゃんばっかりに意識向いてるよ? 私のこともちゃんと見て」

「ご、ごめ……んっ?!」


 彩音に気を取られている隙に、腰のタオルを剥がそうとする美月の陰謀をギリギリで阻止する。

 しかし、引っ張られ続けるせいでミクから離れることも、耳を舐めようとしてくる彩音から逃げることも出来なかった。


「莉斗、赤ちゃんみたいで可愛い♡」

「莉斗君、すっごいビクビクしてるね♪」

「お兄ちゃん、そろそろ観念したら?」


 三方からそれぞれ違った攻撃をされ、守ることが出来ているのはタオルだけ。しかし、これも奪われるのは時間の問題だ。

 こうなれば最後の手段しかない。この手だけは使いたくなかったのだけれど―――――――――。


「あ、イケメンが飛んでる!」

「「「えっ?」」」


 3人が空を見上げたところで、タオルを捨てて浴槽へと飛び込む……その前にかけ湯で体の泡を流してから改めて飛び込んだ。

 これで下半身を見られることもなければ、攻撃に耐え続ける必要もなくなったというわけだ。

 どうしてこれを使いたくなかったのかって?……自分よりイケメンに注意が向いたら、少なからず心に傷が生まれるからだよ。


「3人は体洗ってないから入っちゃダメだよ」

「考えたわね、莉斗のくせに」

「ルールを盾にするなんてやるね、莉斗君の割に」

「美月よりバカなのに……」

「……あれ、心の傷が開いた気がするなぁ」


 3人から冷ややかな視線を向けられてしょんぼりとした莉斗が、体を洗い終えた3人からのぼせるまでお湯の中で攻められることは言うまでもない。

 ただ一つ莉斗が気にしていたのは、美月が触れる以外の行為をしようとしない事だった。

 その場ではミクの前だからだろうと流したが、その違和感が正しかったことは後々分かることになる。

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