第97話 勝負事は安全第一

「畳はやっぱりいいねぇ」

莉斗りと君の家、畳ないもんね」

彩音あやねさんの家はあるの?」

「和室があるから」


 浴衣に着替えて部屋でゴロゴロしつつ、畳を撫でながら羨ましがっていると、ミクがカバンの中から何かを取り出してこっちへ持ってくる。


「暇だしトランプしましょ」

「でも、そういうのって寝る前にやる物じゃ?」

「修学旅行じゃないのよ?」

「でも、美月みつきはどこか行っちゃったし……」


 莉斗がそう言いながら彩音の方を見ると、「帰ってきたら一緒にすればいいと思う」と返されたので、そうすることに決めた。


「トランプで何をするの?」

「ババ抜きか大富豪が定番よね」

「彩音さんはスピードが得意だったよ!」

「あら、私もよ。小学生の時によくやってたわ」


 ミクがスピードでクラスメイトを倒しまくっているところは、莉斗も記憶に残っている。

 彼自身はボコボコにされたことしかないけれど。


「僕は苦手だから、2人でやって見せてよ。どっちが勝つのかも気になるし」

「そうね、とりあえずそうしましょうか」

「ふふふ、千手観音の孫と恐れられた爆速に恐れおののくといいよ!」

「そちらこそ、スパコンの富岳と呼ばれた速さと正確さに完敗するといいわ!」


 バチバチと火花を散らしながらトランプを分けていく2人。どちらも周りから認められた強さゆえの呼ばれ方をしていたらしい。

 しかし、莉斗は知っている。ミクの本当の2つ名が『爆音ミク』だったことを。

 彼女はカードを置く時の音が大きいのだ。畳ならマシかもしれないが、机を叩く音に怯えて危険した者も多いほど。

 本人に悪気がないことはわかっていても、集中している時の真顔も相まって、観客である莉斗すらいつもビクビクしていた。


「よし、準備完了」

「なら始めるわよ」


 そう言って目で確認し合った2人は、4枚ずつ場に並べて「スピード!」という掛け声と同時にそれぞれから見て右側にカードを出す。

 スピードのルールは出されているカードのどちらかの1つ上か1つ下の数字のカードを重ね、自分の山札の枚数をゼロにするもの。

 どうしても出せない瞬間が来ることは珍しくないが、今回は運がいいのか2人とも止まることがない。


「これがこっち、そっち、あっち……」

「これ、これ、これ……」


 2人ともブツブツと何かを言いながら、次々にカードを出しては補充していく。

 千手観音の孫と言われるだけあって、彩音は確かに高速で動く残像で腕が2本よりも多くあるように見えた。

 一方、ミクの方は畳の吸収力のおかげで爆音は緩和されているが、叩く力が相変わらず強いせいでたまに下に置いてあったカードが飛んできている。

 ものすごい回転をしながら飛んでくるから、手裏剣と見紛うほど。直撃すれば痛みを感じる程度で済むかどうかも怪しいだろうね。


「みんな、ただいま〜♪」


 そんな時、部屋に戻ってきた美月の脳天目掛けて、一直線に殺人カードが飛んでいく。

 莉斗は咄嗟に「危ない!」と声を上げたが、反応が間に合わずにカードは彼女の頭に突き刺さ……るようなことは無いが、角が当たってコツンと音がした。


「美月、大丈夫?」

「…………」

「あれ、美月?」


 叩いても揺らしても反応がない。まさかと思って顔をよく覗き込んで見ると、彼女は立ったまま白目を向いて気絶していた。

 こんなにも柔らかいカードで人を気絶させるとは、ミクは一体どんな怪力でカードを出しているのだろうか。


「ミク、力入れすぎじゃない?」

「…………てへっ」

「可愛く誤魔化しても騙されないよ。美月を寝させるから布団出して」

「はーい」


 スピードは引き分けということにして、美月のお世話を始めてくれる彼女。

 莉斗もたんこぶができたりするんじゃないかと心配していたが、1時間後くらいに女将さんがご飯を運んできてくれた時にすぐ起き上がったから問題ないだろうと安心できた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る