第95話 旅館の部屋は不思議と気分がアガる

 汐音しのんが「送ってあげたお礼、楽しみにしてるから♪」という言葉を残して帰った後、莉斗りとたち4人は旅館の一室へと案内された。


「こちらがお客様の部屋でございます」


 女将さんがそう言いながら開いた扉の先には、広々とした畳の空間が広がっており、ついつい寝転がりたい衝動に駆られてしまう。


「靴を脱いで上がっていただき、正面の扉がクローゼットとなっております。浴衣もありますのでご自由にお使い下さい」

「あの、お風呂はどこに……」

「当旅館、大浴場がございません。全室にそれぞれお風呂がついておりますので、奥の扉の先に進んでいただければあります」


 その言葉に女将さんが示した扉を開けた美月みつきは、脱衣所を抜けた先の光景を見て「す、すごっ!」と驚きの声を漏らした。


「お兄ちゃん、露天風呂だよ!」

「え、部屋風呂なのに?」

「すごく広いよ!」


 興奮気味の妹に促されて覗いてみると、確かにすごく広い。というか、もはや大浴場と言ってもいいレベルだ。

 周囲は壁に囲まれているので隣の部屋からの視線もブロックされているが、上は開けているために今は綺麗な青空が広がっている。


「夜になれば星空を見ながら入浴できますよ」


 莉斗が女将さんの言葉に「それは楽しみですね」と返すと、彼女は優しい頬笑みを浮かべた後、「最後に、お客様に伝言があります」と彼の手を引いて部屋の中へと戻った。


「だ、誰からの伝言ですか?」

「ご予約者の方です」

「……ってことは母さん?」


 莉斗が連れていかれたのは冷蔵庫の前。女将さんは着物の中から手紙のようなものを取り出すと、冷蔵庫から取り出した瓶と一緒に手渡してくる。


『息子のためにいいものを用意しておきました。これを使って早く孫の顔を見せてちょうだいね。母より』


「……いいものって、まさか……」

「精力増k――――――――」

「い、いらないです!」


 10本ほどセットで入っていたそれを箱ごと女将さんに押し付け、ブンブンと首と手を横に振る彼。

 それを見た彼女は「なるほど」と頷くが、手の中のソレを見ると困ったように眉をひそめた。


「お若いので必要ないくらい有り余っているのは分かりますが……」

「そういう意味のいらないじゃありませんよ?!」

「旅館側としては受け取れませんので、ぜひお使いになってみることをお勧めしますね」

「客に変なこと言わないでくださいよ!」


 これ以上おかしなことを吹き込まれても困るので、女将さんにはさっさと退室してもらう。

 ただ、客から物を受け取ることが出来ないのは本当なようで、仕方なく精力増k……怪しい瓶たちは受け取ったのだけれど。


『P.S.新しい家族ができるかもしれません』


 手紙の最後に書かれたその一文と、瓶の意味とを掛け合わせてしまって、ものすごく複雑な気持ちになったことは言うまでもない。

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