第89話 一度の過ちでも失うものがある
テストが終わった後の週末をゴロゴロして過ごした
「…………」
「…………」
重苦しい空気が立ち込める部屋の中、彼女が確認したテスト用紙を横へスライドする音だけが響く。
期末テストということで科目数も多く、勉強量もこれまでにないほどだった。
莉斗としては手応えはあったし、実際に一日目の科目以外は平均点より少し下くらいで、普段に比べれば十分と言えるほどには上がっているのである。
あとはミクが納得してくれるかどうか、莉斗はこの時間中、それだけに全力で祈りを捧げ続けた。
「普通は初日の方がいいはずなんだけど」
「ちょ、ちょっと気分が優れなくて……」
「そう、それなら仕方ないわね」
ミクは何度か頷いた後、テストをこちらへ返しながらにっこりと微笑んだ。
「よく頑張ったわね、上出来よ」
「は、初めてテストでミクに褒められた……」
「そ、そんなことないでしょう? 前にも褒めたことくらい……」
そう言いかけて、思い返してみれば確かに無いなと言葉を詰まらせる彼女。
莉斗のあまりの点数の低さに、幼馴染としても管理者としても頭を抱えずには居られなかったのだ。
「おばさんには良い報告をしておくわね」
「ありがと! ミクのおかげだよ!」
「いいえ、莉斗がやれば出来る子だっただけだもの」
そう謙遜するミクの頬はほんのり赤くなっていて、言葉とは裏腹に喜んでくれていることが伺える。
「それじゃあ、電話で報告してくるわね」
「うん、待ってる」
彼女は「旅行、行けそうで良かったわ」と言い残して、小走りで部屋を出ていった。
あんなにもウキウキしているミクを見られただけで、莉斗からすれば頑張った甲斐があるというものだが、旅行がついてくるのならもっと嬉しい。
「……ん?」
筆舌に尽くし難い達成感と満足感に包まれながらベッドの縁に背中を預けた彼は、ふと倒れているカバンからはみ出ている紙を見つけた。
どうやらミクのテスト用紙らしい。そう言えば、賢いとは聞いていたものの、彼女の点数を直接見た事はない気がする。
あまりいい事ではないと分かっていながらも、点数がいいなら問題ないと自分に言い聞かせて紙をめくってしまった。
「莉斗、旅行に行ってもいいって――――――――」
それと同時に部屋に戻ってきたミクは、莉斗が自分のテストを前に固まっているのを見つけると、ヘッドスライディングしながらそれを奪い取る。
「……み、見た?」
「……ごめん、見た」
「〜〜〜っ!!!」
顔を真っ赤にして床に転げまわる彼女の手に握られたテスト用紙、その教科は保健体育だった。
点数としては98点と崇め奉られるようなものなのだが、唯一間違えた設問が『自己信頼を構築するために必要な、物事を達成した経験のことを何と言うか』というもの。そしてミクの回答は……。
『性行体験』
「これ、成功体験だよね?」
「か、書き間違えただけよ?! テスト中にそんなこと考えてたわけじゃ……」
「先生に見られたんだ。結構恥ずかしいね」
「うぅ……」
羞恥心のあまり頭を抱えて丸まってしまった彼女は、「築き上げた優等生の立場がぁ……」と泣き始めてしまう。
さすがにこれ以上からかうわけにも行かず、莉斗は彼女を起こしてそっと背中を撫でてあげた。
「大丈夫、先生もわかってくれるよ」
「ほ、ほんと?」
「僕も言いふらしたりしないし。安心して」
「ぐすっ……信じていい?」
「ミクを裏切ったりするわけないでしょ」
心の中だけで『後が怖いし』と呟いておき、ティッシュで涙を拭ってあげると、少し元気を取り戻した彼女は微笑みながら抱きついてくる。
「じゃあ、莉斗にだけ本当のこと言ってもいい?」
「うん、教えて」
「あのね、この間違いに気付いた時―――――――」
恥じらいながらのその一言には、さすがの莉斗も返答に困ってしまった。だって。
「ちょ、ちょっとだけ……興奮しちゃった」
幼馴染がそっち系の人だなんて、容易には受け入れられないことだったから。
でも、よく考えてみれば自分も同じようなものではあるし、何より照れている表情が可愛いすぎるので。
「……ミク、いい?」
「んぅ、好きにして……♪」
とりあえず、勉強からの解放記念に1時間ほど耳を責め合ったそうな。
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