第83話 分からないことは人に聞きましょう

 放課後、莉斗りとと一緒に長篠ながしの家に帰ってきた彩音あやねは、机の横にカバンを置くと教科書を取り出して見せた。


「さてと、先に勉強済ませちゃおっか」

「先に?」

「やることやれば、後はやることやるだけでしょ?」

「う、うん」


 それはつまり、頑張ればご褒美が待ってるよということ。ある意味その時のことを想像すると集中が逸れてしまいそうになるが、彼のやる気エンジンは二つの意味で全開だ。


「課題は終わってる?」

「うん、昨日の夜に終わったよ」

「おお、頑張ったね」

「あ、あはは……」


 ミクのおかげだとは言いづらくて言えなかったが、実際に問題を解いたのは自分なので素直に嬉しい。

 そんな彼女は、「それじゃあ、テスト初日の社会から……」と言いかけたところで、ふとドアの隙間からこちらを覗いている存在に気がついた。


「み、美月みつきちゃん……」

「……来てたんだ」


 美月は彩音をチラッと見てから、莉斗の方へ視線を向けてトコトコと部屋に入ってくる。

 その手には数学の教科書が握られていて、いくつか付箋ふせんが着けられていた。


「お兄ちゃん、分からないところがあるの」

「テスト、明日からだっけ?」

「3問だけどうしても分からなくて」


 美月は莉斗と違って頭がいい。分からないところを残したまま、テストに臨むなんてことはないのだ。

 ただ、兄よりも妹の方が優れているため、たとえ頼ってくれても答えられないことが多い。


「僕じゃ無理だから、彩音さんに聞いてよ」

「やだ」

「ならミクに聞いてきて。家にいるだろうし」

「お兄ちゃんがいい」


 いくら美月が自分を恨んでいたとしても、その恨みなんてもう解決してからかうためだけに虐めて来ているのだとしても、妹は妹であることに変わりはないのだ。

 こんなふうに不安そうな目を向けられてしまえば、莉斗だって兄心がくすぐられて助けてあげたくなってしまうのである。


「……わかった、頑張ってみるよ」

「ありがと!」

「ほら、そこのイスに座って」


 彩音と使っている低い机ではなく勉強机の前に彼女を座らせると、その横に立って広げられた教科書を確認した。

 だが、すぐに莉斗は首を傾げてしまう。難しすぎるからではなく、自分にもわかりやすいような簡単な問題だったから。


「これはここをこうすれば……」

「あ、ほんとだ! うっかりしてたよ」

「美月らしくないね」

「……実はね、お兄ちゃん」


 美月は彩音が勉強に集中しているのを確認すると、手招きをして彼の耳を自分の方へと寄せさせた。

 そして「大事な話があるの」と少し前のめりになると、密かににんまりと口元を緩ませる。そして。


「っ〜〜〜?!」

「美月、分からないの。どうしてお兄ちゃんのお耳を、こんなにも舐めたくなるのか……♪」

「え、待っ……」

「あの女にバレたらお母さんに告げ口するよ。分かったら黙って舐めさせて、ね?」

「は、はぃ」


 妹の歪んだ性癖に、しばらくの間付き合わされることになるのであった。

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