第81話 あげるべき人にご褒美はある

「さて、勉強するわよ」

「今日は普通の勉強?」

「当たり前じゃない、1週間前の日曜日よ?」


 その言葉に莉斗りとが『そりゃそうか』と頷きつつも少し残念に思っていると、ミクは「頑張ったらご褒美あげるから」と励ましてくれる。


「頑張る!」

「ふふ、素直でよろしい」


 クスクスと笑った後、机を挟んだ向かい側から隣に移動してきた彼女は、教科書を開きながらチラチラとこちらも確認してきた。


「課題はもう終わってるわよね?」

「え、終わってないよ」

「……どうしてかしら」


 ミクの声がワントーン下がる。怒っている時のサインだ。そんなところへ「僕、1週間前から本気出すタイプで……」なんて言い訳を口にすれば、爆発するのは目に見えて――――――――――。


「……莉斗は私と旅行に行きたくないのね」


 ――――――――――いなかった。

 彼女はしゅんと肩を落とすと、ぷいっと顔を背けてしまう。こんな怒り方をする彼女は初めてだ。

 なんというか、無性に謝りたくなるというか尽くしたくなるというか。莉斗も気が付けば教科書を開いてペンを握っていた。


「行きたいよ!」

「……ほんと?」

「無理だったらミクが悲しむし」

「勉強は自分のためにするのよ?」

「それはわかってるけど、僕はミクのためだと思わないと頑張れないダメな人間らしいから……」


 彼が「それじゃダメかな?」と聞くと、ミクは少し照れたように「いいわよ」と微笑んでくれる。

 もちろん、「私を理由にするなら、絶対にいい成績よ?」という言葉も追加して。


「それで、課題はどこまで進んでるの?」

「まだ始めてないよ」

「……そ、そうだと思ったのよ。一緒に頑張るわよ」


 頬が引き攣っている彼女の放つオーラに少し緊張しつつ、唯斗はその日の朝から夕方まで延々と課題をさせられたそうな。


「やれば出来るじゃない」

「ご褒美は?」

「課題はするのが当たり前でしょ。ご褒美はナシよ」

「そんなぁ……」

「ん? 私が横にいるだけじゃ物足りなかった?」

「い、いえ! 勿体なき幸せでございます!」

「ふふ、苦しゅうない♪」


 心底満足そうに微笑んだ彼女は、「再来週、楽しみにしてるから」と言う言葉を残して部屋を出ていった。

 その直後、「美月みつきちゃん、料理手伝ってくれる?」という声が聞こえたから、晩御飯の準備をしに行ってくれたのだろう。


「……ご褒美をあげるのは僕の方か」


 そんなことを呟いて、莉斗がすぐに手伝いに追いかけたことは言うまでもない。

 その数分後、「莉斗がいると余計に手間がかかる」と文句を言われて追い出されたのだけれど。

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