第79話 会いたくなくて震える

「えっと……これはどういう状況?」


 6時間目、ホームルームの時間に居眠りしてしまい、放課後まで爆睡したことは何となくわかる。

 起こしに来たミクに対し、「あと5分だけ」と答えたこともうっすらとだが記憶にある。

 ただ、莉斗りとにはこの場所まで歩いてきた覚えも、ましてや腕を縛られたことは全く身に覚えがなかった。


「ここって図書室の奥の……」


 そうだ、思い出した。自分が今いるのは図書室の奥にある、今はほぼ使われていない個室だ。

 元は生徒の相談相手であった司書さんが1対1で話せる場として使っていたものの、その司書さんが辞めたことでカップルの密会場所になり……。


「今は立ち入り禁止になっていたはず、ですよね?」


 棚の裏側から姿を現したのは緒方おがた 夕美ゆみ。図書委員としてこの図書室で貸出手続きを手伝っている生徒だ。

 前回のようなこと座薬の件があってからなるべく会わないようにしていたというのに、まさか向こうから強行手段に出てくるとはね。


「酷いじゃないですか、会いに来てくれないなんて」

「ひ、酷いことされたし……」

「それって女装の件ですか? それとも座薬?」

「どっちもだよ!」

「喜んでくれていると思ってました……」


 しゅんと俯かれれば、自分をこんな場所に閉じ込めた相手だとしても少し動揺してしまう。

 その隙を狙って距離を詰めてきた夕美は、莉斗の膝の上に跨るようにして腰を下ろした。


新谷しんたにさんの目を掻い潜るのは大変でしたよ。ここまで連れてきた苦労分、楽しませてもらわないとですよね?」

「楽しむって……?」

「それはもちろん莉斗さんで遊ぶんです」

「だ、ダメだよ! 僕はもうそんなことを許される立場じゃないんだから……」


 その言葉で眉毛をピクっと動かした彼女は、怪訝な表情で莉斗の上から降りると背中側にぐるりと回る。


「それはつまり、彼女が出来たということですか?」

「いや、その……」

「さすがに彼女持ちなら手は出せませんよね」

「そう、僕に彼女が出来たんだ!」

「なるほどなるほど」


 夕美はしゃがんで手を拘束しているロープをいじり始める。

 さすがの彼女も倫理観はちゃんとあって、しちゃいけないことへの自制はかかるんだね。

 莉斗がそう安心しかけた瞬間、いきなり体が後ろから思いっきり押された。


「おわっ?!」


 いつの間にかロープが足にも巻かれ、イスと絡めて離れないようにされているではないか。

 そのせいでイスに乗っかられる形で床にうつ伏せになった彼は、起き上がろうにも手足の自由が効かずにじたばたするだけ。

 そんな様子を愉しそうに見下ろしていた夕美は、パンツが見えることも厭わずに莉斗の前でしゃがむと、ドンとボトルのようなものを置いた。


「ローションって使ったことあります?」

「……え?」

「さすがに座薬と違って入りにくいと思ったので。私なりの優しさですよ♪」

「ま、待ってよ。彼女がいるって言って―――――」


 大きな声を出そうとすると、人差し指を唇に添えて「しーっ」とやられてしまった。

 彼女はにんまりと笑うと少量のローションを指に乗せ、ぬちゃぬちゃといやらしい音を立ててご満悦。


「彼女って新谷さんですか? もしかして鈴木すずきさんですかね? どちらにしても、一度彼女持ちの男の子をいじめてみたかったんです」

「じょ、冗談だよね? だってこの前まで夕美さんは優しくて、いい話し相手で……」

「莉斗さん、いつまでもニセモノの私に囚われないでください。これが本当の緒方 夕美ですよ?」


 彼女はそう言うと、棚の裏から持ってきたソレをゆらゆらと揺らしてにんまりと笑う。

 それと対象に莉斗は体の震えが激しくなり、逃げ出そうともがくも抵抗虚しく夕美によってベルトを外されてしまった。


「安心してください、痛いのは初めだけですから」

「うぅ……うぅ……」


 怖くて恐ろしくて、その感情が言葉にならない。諦めというワードが頭の中に流れた瞬間、夕美によってソレが穴の中に―――――――――――。


 ガチャッ!


 ―――――――――入ってくる寸前で止まった。


「ちょっと、何してるの?!」

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