第62話 自分を把握することが大切

 デートというのは、どこからどこまでがそう呼んでいいのか分からないほど、基準が曖昧なものだ。

 ただ、莉斗りとは確信している。目の前で起こっている状況は、デートの中で決して起こってはならないことであると。


「ミク、大丈夫?」

「だ、大丈夫……じゃないかも」


 場所は人通りの少ない細めの道。

 彩音あやねが「近道を知ってるよ」と案内してくれたのだが、その道中で通らなければならなかった塀と塀の隙間で、ミクがつっかえてしまったのだ。


「ミクちゃんの細さなら行けると思ったのになぁ」

「彩音さん、引っかかってるのはお腹じゃないよ」

「…………ちっ」


 原因はミクの胸であると理解した彼女は、普段ならしないはずの舌打ちをした後、「帰りに助けに来てあげるね」とその場を立ち去ろうとする。

 もちろん莉斗がそれを止めて、何とか2人で助け出す方法を考えてもらった。


「この際、胸を削ぎ落とす?」

「考えが怖いよ……」

「減っても困らないよ、私なんて元々無いんだし」

「あ、ちょ、鈴木すずきさん?!」


 抵抗できないのをいいことに、彩音はミクの胸を横から鷲掴みしたり、ペシペシと叩いたりする。

 その度に悩ましい声を漏らす幼馴染を見ていられるはずがなく、彼はそっと視線を逸らした。

 数分してそれにも飽きたのか彩音は短くため息をこぼすと、「いいこと思いついた」と手を叩く。


「ローション買ってきて滑らせればいいよ」

「ろ、ローション?!」

「莉斗君、今変なこと考えたでしょ」

「別にそういうわけじゃ……」

「ローションは変なことに使うだけのものじゃないんだからね?」


 彩音はそう言うが莉斗からすれば、明らかに透けそうなシャツを着たミクにかけるということは、結果的にそういう目で見ざるを得なくなるわけで。

 ただでさえ現状に混み上がってくる何かを感じているというのに、これ以上センシティブに近づけられると困るのだ。


「ほ、他に何か方法は無いの?」

「無理矢理引っ張り出すくらいしかないかな」

「それは最初に試したからね……」


 もちろん押したり引っ張ったりはしたものの、ビクともしなかった。もはやどうやって挟まったのかが分からないレベルである。

 それにミク自身がやめて欲しいと言うから、この方法はあまり強引には進められない。何かが壁に擦れるとかなんとか言ってたかな。


「とにかく、ローション作戦しかない!」

「彩音さんのせいでこうなったんだから、もっと真面目に考えて」

「責めるならミクちゃんの胸の成長にしてよ」

「成長は勝手にするんだから仕方ないでしょ?」

「莉斗君、胸は揉むと大きくなるんだよ?」


 彩音は「どうせミクちゃんも自分で揉んで……」と言いかけて、ハッとなにかに気がついた表情をする。

 そして莉斗の手を両手でぎゅっと握ると、期待を込めた眼差しで頼んできた。


「私のを大きくしてよ!」

「……へ?」

「いつも気持ちよくしてあげてるお礼だと思って、ね?」

「で、でも……」

「彩音さんがいいって言ってるんだよ? これは断るって選択肢はないやら?」

「いや、そうじゃなくて後ろ」

「ほぇ?」


 その後、乳揉ませ奇行を止めようと必死にもがいて自力脱出してきたミクによって、今度は彩音のお尻が塀の間に挟まってしまうことになるのだが、それはまた別のお話。


「莉斗、放っていくわよ」

「……う、うん」

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