第63話 犬猿の仲、されど好きなものは同じ

 目的地に到着した一行は、ようやくかとため息をついた。なんだかすごく長い道のりを歩いてきた気分だ。


「何とか近道できたね」

「時短は出来なかったけど……」

「細かいことは気にするな!」


 グッと親指を立ててみせる彩音あやねに苦笑いしつつ、莉斗りとは完全に呆れているミクの方へ顔を向ける。


「ミクは大丈夫? 怪我してない?」

「平気よ。誰かさんのせいで服は汚れちゃったけど」

「本当だ、その辺が―――――――――」

「ちょ、触っちゃダメよ?!」

「ご、ごめん……」


 コンクリートが擦れた汚れだろうし、叩けば少しは薄まるかと思ったのだが、場所があまり良くなかったらしい。

 彼女は少し頬を赤らめながら、汚れの付いている胸元を両手で押さえた。


「ちゃんと段階を踏まないと……ね?」

「胸に触らせるくらいで大袈裟じゃない?」

「そう言う鈴木すずきさんは触らせたのかしら」

「っ……ま、まだだけど……」

「というか、その大きさじゃ触っても気付かないか」

「性格悪すぎない?!」

「あんたに言われたくないわよ!」

「ミクちゃんよりマシだと思うけど!」


 今にも掴み合いに発展しそうな罵り合いに、周囲の人の目が集まってくる。

 場所がショッピングモールの入口前というのもあって、その数は数え切れないほどだ。

 莉斗は穴があったら入りたい気持ちでなるべく小さくなっていたが、スマホを構える人まで現れてくると2人の腕を掴んでその場から立ち去ることにした。


「2人とも、お願いだから仲良くしてよ」

「莉斗君の頼みでもそれは無理だよ」

「こっちこそ願い下げよ」

「……仕方ないかな」


 少し強引だとは思うが、他に手段がないのだからやむを得ない。彼は短くため息をつくと、2人に背中を向けて歩き出す。


「喧嘩するなら僕は別行動するよ。原因も僕だし」

「なっ?! それじゃ意味ないじゃない!」

「どうせ2人が喧嘩してたら意味無いでしょ。僕は楽しむために来たんだもん」

「「っ……た、確かに……」」


 すぐに仲良くとまでは行かなくても、同じ時間を共有する気にさえなってくれればそれでいい。

 莉斗だって一人でこんなところを歩きたくはないのだ。3人でないと意味が無い。


「反省してくれた?」

「莉斗、ごめんなさい」

「ミク、謝る相手は別じゃないかな」

「……ごめんなさい、鈴木さん」


 ミクが素直に頭を下げると、彩音は気まずそうに首を触っていたものの、やがて同じように頭を下げた。

 こうして平和にしていてくれれば、同じことで笑って少しづつでも距離を縮めて行けるかもしれないね。


「2人とも偉いよ、よしよし」


 そう言いながら両手で2つの頭を撫でてあげる莉斗。しかし、彩音もミクも嬉しそうではあったものの、何か違うというように顔を見合わせて首を捻った。


「莉斗に上から見られてるみたいで変な気分だわ」

「私もだよ。莉斗君は見下ろされてなんぼだよね」

「え、ちょ……」

「莉斗、えらいえらい。いい子ね」

「莉斗君、彩音さんにもなでなでして欲しいよね?」


 落ち着いたかと思えば、今度はやたらお姉さん目線で頭を撫でたり擦り寄ってきたりする2人。


「向こうに周りから見えないベンチがあるんだけど……どうかな?」

「いいわね、行くわよ」

「ま、まだ到着したばかりだし――――――――」

「「しなくていいの?」」

「っ……して欲しいです」


 こういう時にだけ団結するのは、本当にずるいよ。僕の理性がこばめるはずないって知ってるくせに!

 莉斗は心の中でそう叫びながら、腕を引かれるがままに耳責めスポットへと連れていかれるのであった。

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