第60話 寝言には返事をしてはいけないらしい
夜中、暗闇を怖がっていた
今日は色々あったから程よく体が疲れている。彼は体が液体になって吸い込まれるかのように、ゆっくりと眠りへ誘われた。
「莉斗く……ん……」
しかし、そうすんなりはいかない。彩音に名前を呼ばれて唯斗は目を開けると、彼女がゆっくりと手を伸ばしていた。
「莉斗君……」
もう一度その声を聞いて、彼はその手をぎゅっと握りしめる。表情がすごく不安そうだ、怖い夢でも見てるのかもしれない。
「大丈夫、ここにいるよ」
優しく頭をポンポンとしてあげれば、ほんの少し強ばっていた体から力が抜けて、寝息のリズムも整ってきた。
そろそろ大丈夫だろう。そう判断して手を離し、そっと布団をかけてあげてから再度寝転ぶ。
それでもすぐに唸り始めた彩音は、今度は自分から手探りで見つけた莉斗の手を握ってきた。
「餃子がぁ……」
「……どんな夢なんだろ」
「餃子に押しつぶされる……」
なるほど、夢の中の彩音さんは巨大な餃子から逃げているところらしい。
まさか霊的なものでは無いと思っていなかった彼は思わず笑ってしまうが、本人からすれば本当に恐ろしい状況なのだろう。
ただ、どうやら解決策が見つかったようで、「食べれば……なくなるぅ……」なんて呟きながら口をパクパクとさせ始めた。
「……そうだ」
悪いとは思いつつも、好奇心は抑えられない。莉斗がこっそり人差し指を彼女の唇に触れさせてみると、案の定カプカプと甘噛みし始めた。
これが子犬とじゃれているみたいで、噛まれる度に訪れる若干の痛みにむしろ胸がきゅんとした。
「そろそろやめとこうかな」
遊びすぎて起こしてしまっても悪い。数分した頃に区切りをつけて指を引き抜くと、彩音は少し残念そうに「あっ」と息を漏らす。
どうやら指は形状的に餃子と合わなかったようで、「巨大ウィンナーがぁ……」といつの間にか変わっているけど、罪悪感が増すから勘弁して欲しい。
「今度こそ寝よう。おやすみ、彩音さん」
自分の中でしっかりと切り替えて、ある種の意気込みを入れながら枕に首を委ねた。
明日は学校が休みだけど、先週末に言っていた通りなら遊びに行くはず。寝不足なんて良くないからね。
そんな記憶を頭の中で再生しつつ、ゆっくりと夢の中に入り込んでいく。抵抗も何も出来ないまま、されるがままグリグリズリズリと―――――――。
「――――――って、なに?!」
夢と現の境界線から強引に引き戻された莉斗は、右耳に感じる異様な感触に思わず声を上げた。
しかし、その口はすぐ伸びてきた手によって塞がれ、クスクスと言う声を抑えた笑いと甘ったるい囁きが耳から吹き込まれてくる。
「ひとりで楽しむの、ズルいと思うなぁ?」
たったその一言で悟れてしまった。これまでの行動は全て、既に把握されている……というか、意図的に誘導されていたということを。
「彩音さんも混ぜてくれるよ、ね♥」
その後、莉斗が返事を伝える余裕も無くなってしまうことは言うまでもない。
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