第59話 罠を仕掛けるなら、罠にかからない方法から学ぶべし

 彩音あやねが持ってきた映画の内容は、少し前に流行ったホラー映画だった。

 廃村にやってきた大学生のグループが、怪異に巻き込まれて逃げ惑うというありがちなやつである。


莉斗りと君、怖い?」

「いや、平気かな」

「無理せずに彩音さんに甘えていいよ?」

「ううん、大丈夫」

「もう、強がっちゃって……」


 やたらしつこく言ってくる彩音。実のところ、莉斗りとはその言葉の本当の意味を既に理解していた。

 だって、パソコン画面を見るために密着させた肩から、体の震えが伝わってきているから。

 そこからもわかる通り、実はホラーが苦手なのだ。それなのに自分で持ってきたのだから、莉斗からすれば何がしたかったのか分からない。


「ひっ……?!」


 必死に怖がっているのを隠そうと指の隙間から画面を見ては、体をビクッとさせて目を閉じてしまう。悪いと分かっていながらも、そんな姿を可愛いと思ってしまった。

 だから、ついつい意地悪で平気だと言い続けたのだが、泣きそうになっている辺りそろそろ限界が近いらしい。


「彩音さん、やっぱりちょっと怖いかも」

「……で、でしょ?」

「手、握ってくれる?」

「し、仕方ないなぁ」


 震える声で必死に繕いながら、差し出した右手を両手で掴んで抱きしめるように胸に押し付ける彼女。

 たったこれだけの繋がりで安心出来たのか、彩音は少しだけ表情を柔らかくする。そして余裕アピールのつもりなのか、画面の中の怪異に向かって難癖を付け始めた。


『今のは何の音?!』

「お皿割るなんて地味な嫌がらせだね〜」

『か、懐中電灯が切れた……』

「電池の予備持ってきと来なよ、ねぇ?」

『あいつよ、あいつの呪いなのよ!』

「騒いだ人から先に死んじゃうの、定番だよね」


 正直、莉斗にとっては映画よりも強がっている彩音を見ている方が楽しく思えてきている。

 いつも自分の感じている様子を見て愉しんでいる彼女が、自分の腕を命綱のように大切に抱えているのが、どうしようもなく愛おしかった。

 しかし、こういう時に限って人間は魔が差してしまうもの。莉斗もその例外ではなく、バレないように顔を彩音の耳に近付けて――――――――――。


「ふっ」


 短く息を吹き込んだ。それと同時に映画の中でも怪異がドンッと現れ、両方の驚きできゅうりを見た猫のように飛び跳ねた彼女は、そのまま部屋の隅まで逃げてしまう。


「ごめんなさいごめんなさい! 馬鹿にした私が悪かったよぉ……」


 彩音は何が起こったのか理解出来ていないようで、パニックになりながら謝っている様には、莉斗も罪悪感で胸がズキズキと痛んだ。


「い、今耳元に何かいたよ!」

「彩音さん、ごめん。僕が息を吹きかけただけなの」

「……お化けじゃないってこと?」


 彼が申し訳なそうに頷いて見せると、彩音はしばらくポカンとした後、「ま、まあ、分かってたけど!」と立ち上がる。


「本当に分かってた?」

「もちろん!」

「涙の跡ついてるけど……」

「…………莉斗君のばか」


 その後、意地悪したお詫びにR18の方の映像も見せられることになるのだけれど、それはここで話すのは控えておこうと思う。

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