第56話 先に待つのは幸せか否か

 帰宅後、手洗いうがいをしてから自室へと入った莉斗りとは、さもそれが当然かのように彩音あやねにベッドへと引き込まれる。

 そしてしばらく無言で見つめあった後、自然と荒くなり始めた呼吸をお互いに耳元で聞いた。


「莉斗君、私の耳舐めて欲しい」

「え、でも……」

「動画とかたくさん観て慣れさせたから、今日はちゃんと耐えられるはず」

「……頑張ってくれたんだね、すごく嬉しいよ」


 素直に込み上げてきた気持ちを口にすると、彼女はこそばゆそうに首をすくめてから頬に口付けをしてくれる。


「私はもう準備出来てる。莉斗君は?」

「僕はいつだって出来てる」

「ふふ、さすが」


 彩音は「莉斗君のえっちぃ〜♪」なんてからかいながらクスクスと笑った後、スっと真剣な表情に戻って体を寄せてきた。

 どちらからともなく2人は両手を恋人繋ぎで固く結び合い、莉斗はベッドの上で膝立ちをしたまま彼女の耳たぶに甘噛みをする。


「ぁん……」


 声の具合から反応のいい場所を探し、時に激しく時に優しく舌先で撫で続けた。

 そこから分かったのは、彩音が本当に以前よりも耳舐めへの耐性がついていること。そして、彼女の弱点が耳の縁を何度も舐められることだということだ。


「あぅ……そこ、やだぁ……」

「じゃあ、やめちゃおうか?」

「っ……それはだめぇ」


 莉斗が「なら、おねだりして欲しいな」と意地悪を言うと、頭の中が真っ白になっている彩音は言われた通り「私の弱いところ、舐めてくらしゃい……」と言ってくれる。

 それがどうしようもなく可愛くて、彼は「もっと気持ちよくしてあげる」と囁くだけで体を跳ねさせる彼女を貪るように舐めまくった。


「はぁはぁ……」

「はぁはぁ……」


 そしてある瞬間、彩音がペタンと座り込んでしまう。あまりの気持ちよさに力が入らなくなってしまったのだ。


「大丈夫?」

「……大丈夫じゃないかも」

「休憩する?」


 その質問に彼女はゆっくりと首を横に振る。怖いくらいに気持ちよくて、おかしくなってしまいそうだけれど、それでもやっぱり――――――――。


「私、今すごく幸せだよ」


 もっと感じたい。もっと触れて欲しい。例えそれが性欲の見せる幻想だとしても、もっともっと愛し合いたかった。


「彩音さん……!」


 莉斗は首筋に舌を這わせながら、彩音が完全に力が抜けて倒れるのに合わせてその体を押し倒す。

 そこから少しずつ舌を上へと動かし、流れのままに唇を重ねた。もちろん彼女は拒まない。

 舌を絡ませることも躊躇わず、呼吸のために口を離す度にねっとりとした橋が2人を繋ぐ。


「……」

「……莉斗君、もっとしたい」

「……うん、僕も」


 恋人になるまでは、決して現在引いた一線は超えない。それが彼らの暗黙の了解だ。

 けれど、もう分かってしまっていた。お互いに超えたいという気持ちを胸の中に秘め、このまま進めばいずれそうなってしまうであろうことを。

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