第57話 風呂というのは無防備になるしかない場所なんだ

「もう落ち着いた?」

「うん、大丈夫」


 お互いに耳を舐め合い、何度も唇を重ね続けた2人は、少し物理的な距離を取って昂った気持ちを鎮めた後、もう一度ベッドに腰かけて肩を寄せ合う。


「あ、もうこんな時間……」

「思ったより長くしちゃったね」

「そろそろご飯食べないと」


 彼らが一階に降りると、ラップをかけられた夕ご飯が机の上に置いてあった。美月みつきが作ってくれたものだろう。

 しかし、彼女は既に食べ終えてしまったようで、使用済みの食器がシンクに置かれていた。


「あれは許されたってことだったのかな?」

「それは僕にも分からないよ」


 声も我慢出来ずに何時間もしていたのだから、当然部活を終えて帰ってきた美月には気付かれている。

 けれど、絡み合っている2人を見た彼女は特に邪魔をするでも何かを言うでもなく、何も見なかったかのように去っていったのだ。

 それを『見過ごしてあげる』という意味だったのかは分からないが、それ以外の意味も見つからないのでそう思うことにする。


「美月ちゃん、料理上手だね」

「段々お母さんの味に近付いてる気がするよ」


 食べ終えた2人はそんなことを言いながら食器を食洗機に並べ、洗剤を入れてスイッチを入れた。

 それから部屋に戻った彼らは、次なる話し合いを始める。そう、お風呂の順番についてだ。


「僕は後で入るね」

「ええ、彩音さん一緒に入りたいなぁ♪」

「そ、それはさすがに無理だよ」

「やだ?」

「そういうわけじゃないけど……」


 ただでさえ我慢して堪えたばかりだと言うのに、一緒にお風呂なんて入ればそれこそ理性が吹っ飛びかねない。

 莉斗りとがそう伝えると、彩音あやねは理解してくれたようで「まあ、仕方ないか」と先に入りに行ってくれた。


「……あれ?」


 彼女の背中を見送った彼は、1人っきりで暇だからと部屋の中を見回し、床に置かれたパジャマを見つける。

 もちろん自分のものでは無い、彩音のものだ。もしかして忘れていったのだろうか。

 そう思って急いで届けに行ってあげると、あからさまに不満そうな顔をされた。タオル一枚で戻ってくる作戦だったらしいけど、何を企んでたんだろ。


「ああ、倒れちゃってる」


 再度部屋に戻った莉斗は、彩音のカバンが倒れているのを見て立て直そうとする。が、中から覗いている四角い箱に興味が湧いてしまった。

 箱の正体はDVD。しかし、その内容は高校生が観ていいものではなくて―――――――――。


「りーとーくん♪」

「ひっ?!」


 いつの間にか背後に忍び寄り、「洗顔クリーム、忘れちゃった」とタオル一枚で言う彼女に見つかった瞬間の莉斗は、背筋が凍るような思いだった。


「今夜のメインディッシュ、見つけちゃったかぁ」

「ま、まさかこれを2人で……?」

「莉斗君がいつまで我慢できるか試したかったんだけど……」


 彩音は視線だけを動かして彼の下腹部を見ると、やれやれと言わんばかりに首を振った後、わざと胸元を強調するように屈んで見せる。

 そしてゆっくりと舌なめずりをした後、取り上げたDVDのケースで口元を隠しながら囁いた。


「私が鎮めてあげよっか?」

「ふぇっ?!」

「ふふ、冗談だよ♪」


 彼女は驚いたまま固まっている莉斗に「一緒にお風呂はしばらく無理そうだね♥」なんて言って、洗顔クリーム片手に部屋から出ていった。


「……これは手じゃ隠しきれないもんね」

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