第52話 隠すのが楽か、打ち明けるのが楽か

「私、中澤なかさわ君に話があるって言われて、ここまで連れてこられたんだ」


 何とか話が出来るまでに回復した雪菜ゆきなは、普段と違って少し固めの口調で話してくれた。


「でも、扉を閉めてすぐに腕を掴まれて……」

「それでさっきの状況に?」

「……うん」


 小さく頷いた彼女は、思い出してしまったのかスカートの裾を強く握る。

 莉斗りとは何と声をかけていいのか分からなかったが、あまり見ないほうがいいと感じて自然と目を逸らした。


「私ね、昔知らない男の人に無理矢理暗い道に連れていかれて、『誰でもよかった』って理由で殴られたの」

「……え?」

「それから男の人……お父さんですら怖いんだよね」

「ご、ごめん、知らなくて近づいちゃって……」


 慌てて離れようとする莉斗だったが、雪菜はそんな彼の腕を掴んで引き止める。

 その指先から伝わってくる震えは、時間が経てば経つほど大きくなっていった。

 しかし、それでも彼女は両手で掴み直してから、莉斗の目をじっと見つめる。


「は、離れないで……」

「大丈夫なの?」

「ぼっち君なら、少し耐えられるみたい。悪い人じゃないってわかったからかな」

「……あれ、でもこの前は普通に触れてきてたよね」


 この場所で、彩音あやねが莉斗と付き合っていると嘘をついた時のことだ。あの時は確か真唯まいと2人で押さえられて―――――――。


「真唯ちゃんと一緒だと、不思議と大丈夫なことが多いんだ。……多分、好きだから」

「好きって、真唯さんのことが?」

「そう。女の子同士だけど……変かな?」


 正直なところ、彼は戸惑っていた。だって、レズビアンに分類される人を初めて現実で目にしたから。

 これまでの自分の中の常識と照らし合わせれば、心苦しくも変わっているとしか言いようがなかった。

 しかし、世間には確かにそういう人たちがいる。彼ら彼女らは誰にでも本心を打ち明けられるわけではない。

 だからこそ莉斗は、真剣に伝えてくれた雪菜の勇気に出来る限り応えてあげたいと思った。


「おかしくなんてないよ」

「ほんと?」

「もちろん。教えてくれてありがとう」

「……私こそ否定しないでくれてありがとう」


 本心は気持ち悪がられるだとか、距離を置かれると思って怖かったのだろう。

 ホッと安心したからか、また1粒の涙が頬を伝ってマットの上へぽたりと落ちた。


「僕で良ければいつでも話聞くから」

「ふふ、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」

「言いふらす相手もいないから安心して」

「あやちゃんにも言ったらダメだよ?」

「2人だけの秘密にすることを約束する」


 少しずつ雪菜の表情に元気が戻ってきている。そんな時、莉斗のポケットの中のスマホが震え始めた。

 相手が彩音であることを確認した彼は、そう言えば来るの遅いなと思いながら電話に出る。


『莉斗君、どこにいるの?』

「体育倉庫だよ?」

『もう、今日は中庭の草陰って言ったじゃん!』

「そうだっけ……」


 莉斗は『今すぐこっちに来なさい!』と怒っている彼女に何度も謝り、電話を切るなりすぐに立ち上がった。


「ごめん、彩音さんが……」

「全部聞こえちゃってたよ? 相談はまた今度でいいから行ってきてあげて」

「ありがとう! じゃあ、またね!」


 そう言って大慌てで飛び出していく後ろ姿を眺めていた雪菜は、無意識に頬を緩ませながらボソッと独り言を呟いたのだった。


「あやちゃんは幸せ者だね〜♪」

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