第51話 ぼっちにも嫌いな奴はいる

 ある日の昼休み。

 彩音あやねを待つため、先に体育倉庫へやってきた莉斗りとは、鉄製の扉を開けた瞬間に固まった。


「あっ……」

「「あっ……」」


 マットの上で重なる2人の先客がいたのである。しかも、2人とも制服がはだけていた。

 彼は何も見ていないふりをして立ち去ろうとするが、「ぼっち君!」と呼ばれて足を止める。


「なんだ、同じクラスのぼっちじゃないか」

中澤なかさわ君……?」

「いいところなんだ、邪魔しないでくれよ」


 よくよく見てみれば、男の方はクラスメイトの中澤君、そして女の方は彩音の友達の雪菜ゆきなではないか。

 2人がそういう関係だったとは知らなかった。やっぱりこの場にいるのは申し訳ないし、すぐに姿を消して――――――――――――。


「た、助けて……」


 そんな考えは、雪菜の口から発された一言で吹き飛んだ。合意の上の行為なら、水上を漂うわらのような自分にヘルプを求めたりはしない。

 何よりこちらを見つめる潤んだ瞳が、その本気度をしっかりと表していた。


「中澤君、そういうのはよくないと思うよ……」

「は? ぼっちに言われたくないんだけど」

「……」


 何を言っても無駄だと感じてしまうほど、すっぱりと切り捨てられる言葉。

 莉斗は一人でいることを苦痛に感じたことは無いが、こうしてハッキリと『ぼっちは悪』と言われるのは気分が悪かった。

 それに中澤君は以前、彩音にも手を出そうとした罪がある。なのに他の女の子まで傷つけているのかと思うと、彼は普段は穏やかなはずの心の波を荒立ててしまった。


「……スポーツが出来て、イケメンで、成績も優秀。そんな中澤君に僕が勝てるところなんてないよ」

「あ? 急になんだよ」

「でも、これだけは言わせて」


 莉斗は雪菜の上にまたがる中澤君を、胸ぐらを掴んで強引に引きずり下ろす。

 そして喉が切れるかと思うほどの声を、彼に向かって全力でぶつけた。


「僕は君みたいなクズが世界で一番嫌いだ!」


 殴ってやろうかとも思ったけれど、振り上げた握りこぶしに力が入らなくて、結局軽くデコピンすることしか出来ずに中澤君から離れる。

 けれど、そんな莉斗とマットの上の雪菜を交互に見た彼は、舌打ちをして去っていった。


「っ……雪菜、さん……?」

「ありがと……ほんとにありがと……」


 扉が閉まってからしばらくして、雪菜が後ろから抱きついてきた。

 未だに体の震えが伝わってくるあたり、先程の出来事はかなりショックだったのだろう。


「ぼっち君が来てくれて助かった……」

「僕は偶然現場を見つけただけだよ」

「それでも私、感謝してもしきれない……」


 莉斗は背後から聞こえてくるすすり泣く声に、「落ち着くまでここにいるから」とだけ口にして、ただただその場に立ち続けた。

 彼女が事情を説明してくれるようになったのは、それから15分後のことである。

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