第48話 体を貸すだけの簡単なお仕事

「はぁ……」

莉斗りと君、どうしたの?」

「いや、ちょっと色々あってね……」


 美月みつきとスイーツ店に行ってから数日後の放課後、鈴木すずき家にて。

 あれが意外とお値段が張ったパンケーキだったせいで、彼の今月のお小遣いがかなりカツカツになってしまったのだ。

 女装と騙されたという部分は伏せたまま金銭面のピンチだけを愚痴のように零すと、彩音あやねは顎に手を当てて悩み始めてしまう。


「あ、貸してほしいとかじゃないよ」

「でも、今月はまだもう一回週末があるじゃん。金欠だと一緒に遊びに行けないでしょ?」

「え、もう予定確定してるの?」

「莉斗君が嫌なら他の男の子誘っちゃうけど」

「っ……行きたい……でも……」


 そんな風に葛藤していると、鍵をかけていたはずの部屋の扉がゆっくりと開かれた。

 そして姿を現したロリお姉さんこと汐音しのんさんは、「話は聞かせてもらった!」と言いながら踏み込んでくると、莉斗の肩をバシッと叩く。


「私が君を雇ってあげよう!」

「……は?」

「聞こえなかったのかな? 私の下でアルバイトをさせてあげると言ったんだよ〜♪」


 まるで獲物を見定めるように下から上へと何度も移動する視線。その怪しさ満点な様子からして、なんのアルバイトをさせられるのか分かったもんじゃない。


「いや、遠慮しておきま――――――――」

「時給2000円でどう?」

「―――――――に、2000……?」

「頑張り次第では色も付けてあげるよ〜」


 基本的にコンビニバイトだと時給900円台が相場だろう。つまり、時給2000円は少しブラックでも許せるレベル。

 ただ、余計に怪しさが増した気もする。莉斗が自分の中の天使と悪魔を争わせていると、そんな彼の代わりに彩音が質問を投げかけてくれた。


「仕事内容を先に聞かせて」

「アヤちゃんが働くわけじゃないのに?」

「莉斗君に危ないことはさせたくないから」

「……仕方ないなぁ」


 妹の威圧に押し負けた汐音は短くため息をつくと、早足で自室に戻ってすぐにまた帰ってくる。

 戻ってきた彼女の手に握られていたのは、莉斗も見覚えのあるものだった。


「このカツラ、ダミーヘッドに被せる用なんだけどね。うっかり濡らしたままうたた寝しちゃったんだよね〜」


 確かにそのカツラはボサボサになっていて、自然乾燥させてしまったせいか枝毛がかなり多い。

 動画に使うには見栄えも悪いし、手入れの手間を考えれば買い換えた方が簡単だろう。


「新しいのが届くのが明後日なんだけど、明日には動画を上げないといけないんだよね〜」

「アルバイトの内容ってまさか……」

「そのまさかだよ」


 カツラを付けられないダミーヘッドの代わりに、頭……と言うよりかは髪を貸してほしい。つまりは莉斗を動画に使うということ。

 それを理解した彩音は彼を渡さないとばかりに抱きついてくると、汐音に向かってブンブンと首を横に振った。


「莉斗君に手は出させないから!」

「ちょ、アヤちゃん早とちりすぎ。えっちなことするわけじゃないしぃ〜」

「……ほへ?」


 その後、汐音の口から「髪を洗う音を撮るだけ」と聞いた彩音が、しばらくトイレに籠ったまま出てこなくなったことは言うまでもない。


「勘違いしちゃうアヤちゃんかわい〜♪」

「汐音さんには前科がありますからね」

「むっ、そんなこと言ったらまた舐めちゃうぞ?」

「左耳ならいいですよ」

「じゃあ、代わりに減給で」

「……それだけは勘弁してください」

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