第47話 あれがホントでホントが嘘で

「え?」


 きょとんとする莉斗りとを見て、美月みつきはクスクスと笑う。

 そしてどこか照れたような表情を垣間見せながら、運ばれてきたパンケーキを切り分けた。


「お兄ちゃんが美月にしたことは憎いけど、ずっと恨み続けてきたわけじゃないもん」

「……僕、てっきりそうなのかと思ってた」

「小学生の時のことだよ? そんなに根に持てるわけないって」


 彼女は「美月、そんな執念深くないし」と言いながら、クリームを乗せたパンケーキの欠片を頬張る。

 その幸せそうな笑顔を見る限り、嘘をつかれているとは到底思えず、莉斗も戸惑いつつパンケーキを食べ始めた。


「じゃあどうしてあんなこと……」

「だってお兄ちゃん、ずっとつまらなさそうに学校に通ってたじゃん? なのに急に女の人連れてきたりするし」

「それに何の関係があるの?」


 そう聞いた瞬間、美月のフォークがピタッと止まる。が、また同じように動き始めると、変わらない口調で話を続ける。


「美月はお兄ちゃんが色のない生活を送ってるなら、復讐する必要は無いと思ってた」

「別に僕はひとりが嫌いじゃないだけで……」

「話は出来なくても、美月が妹として一番身近な存在でいられるなら、手を下さないでいようって決めてたの」

「そ、それって?」

「邪魔者が現れてから、必死にお兄ちゃんの弱みを探した。ようやく見つけて言いなりにして、美月のおもちゃにしたはずなのに……」

「……」

「お兄ちゃんを一番知ってるのが美月じゃないなんておかしいよ!」


 張り上げた声が店内に響き、他の客からチラチラと見られる。その視線に気がついた美月は、こほんと咳払いしてをしてから声のトーンを下げた。


「本当は変なあだ名のことなんてきっかけに過ぎないの」

「……どういうこと?」

「お兄ちゃんに文句を言う理由が欲しかっただけ。距離を縮めるきっかけが……欲しかった……」



 美月は言う。「お兄ちゃんを支配するような形にでもしないと、他の人のところに行っちゃう気がしたから」と。

 兄はいつだって妹のことが大好きだ。助けを求められれば守るし、泣いていれば手を差し伸べてあげる。見捨てることなんてありえないのに……。


「正直に言ってくれて嬉しいよ。これからは美月との時間も大事にするから」

「ほんと?」

「僕が嘘ついたことある?」

「……今朝」

「あ、あれは忘れて欲しいかな……」

「えへへ、忘れてあげないよ♪」


 いたずらな笑みを浮かべる彼女に、莉斗はイスから立ち上がって歩み寄る。そしてこれまでの溝を埋めるように、ぎゅっと強く抱き締めた。


「もう、お兄ちゃん……」

「大好きだよ、美月」

「……美月もだよ」


 美月は彼の胸に顔を埋めるようにして、抱き締め返してくる。自分のよりも細い腕による心地よい圧に、莉斗は思わず笑を零した。……その瞬間だった。


「なーんちゃって♪」

「ひぅっ?!」


 首筋に舌を這わされ、体が大きく跳ねる。その隙にするりと腕の中から抜け出した彼女は、べーっと舌を出して見せた。


「本当はお兄ちゃんのことなんて大っ嫌い。からかってただけだし」

「なんでこんなことするの?」

「愉しいからに決まってるじゃん」

「お兄ちゃんをバカにするのもいい加減に……」

「反抗できる立場じゃないことを忘れんなよ?」

「っ……」


 莉斗はその一言だけで何も言えなくなってしまう。そんな情けない姿をケラケラと嘲笑した美月は、「じゃあお勘定お願いね、お姉ちゃん♥」と兄を残して店から去って行った。


「もう美月が分からないよ……」


 周囲の客から変な目で見られながらもすとんと席に座り直した彼は、3分の1ほどだけ残った美月のパンケーキを眺めながらため息をこぼす。


「……耳、赤くなってたし」


 何が本当なのか困惑したまま、気が付けば20分ほどその場に座り続けていた。

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