第44話 泳がされた魚

 昨日は彩音あやねさんとお出かけしたし、今日こそは体を休めよう。

 そう心に決めて布団に包まった莉斗りとは、その数十秒後にはベッドから引きずり下ろされていた。


「お兄ちゃん、今日暇だよね?」


 犯人は美月みつきだ。彼女は悪びれることなく彼を見下ろしながらそう言うと、腰に手を当てて短くため息をこぼす。


「何か用事があるの?」

「いいから暇かどうかだけ答えて」

「……いや、今日はミクと出かける約束してるよ」


 その冷たい視線から何か嫌な気配を感じた莉斗は、咄嗟にそんな嘘をついた。本当は約束なんてしていないから、確認されたら一巻の終わりだが……。


「そっか、仕方ないね」


 しかし、意外にもあっさりとそれを信じたらしい美月は、少し残念そうな表情をして部屋から出ていこうとする。

 もしかすると、嫌な予感というのは勘違いだっただけで、今日は普通の妹として頼み事をしに来ただけなんじゃないだろうか。

 一度その考えが過ぎるとそうとしか考えられなくなって、莉斗は気が付けばドアノブに手をかけた彼女を呼び止めていた。


「ま、待って!」

「ん?」

「用事の内容だけ聞かせて欲しい、かな」

「でも、無理なんでしょ。なら言っても仕方ないよ」

「あ、その……」


 困りに困った彼はポケットからスマホを取り出すと、それを耳に当てて喋り始める。


「あ、ミク? お出かけは来週にして欲しい。ごめんね、ありがとう」


 もちろん画面は真っ暗なままだが、これまた美月は信じたようで「美月を優先してくれたの?」と表情をパッと明るくした。


「お兄ちゃんとして当たり前のことだよ」

「そっか。嬉しいな、美月のことをそんなに考えてくれてるなんて」

「ミクとは今度埋め合わせするから、そこは気にしなくて大丈夫」


 その言葉に微笑んだ美月。どうやら本当に今日はいじめてくるつもりは無いらしい。

 久しぶりに普通の兄妹として仲良くできるかも。そんな淡い期待を抱いたその時だった。


「まあ、全部嘘だって知ってるけどね?」


 彼女が目の前に差し出してきたスマホには、昨晩行われたミクとのやり取りが表示されている。


『ミクお姉ちゃん、明日ってお兄ちゃんと約束してたりする?』

『今お父さんのところに来てるから、帰るのは明日の夜になるわ』

『じゃあ、明日お兄ちゃんとお出かけしようかな』

『いいわね、土産話楽しみにしてるわ』

『うん!』


 これを要約すると、『ミクと出かけるのは不可能』だ。つまり、美月はそれを理解した上で、莉斗の嘘を聞いていたわけで――――――――――。


「美月、大好きなお兄ちゃんに嘘つかれて傷ついちゃったなぁ。これは償ってもらわないと、ね?」

「な、何をすれば……」

「じゃあ、とりあえず美月の部屋に来よっか。用事の内容は向こうで教えてあげるよ」

「……はい」


 彩音との音声動画をチラつかされ、彼は抵抗することも出来ないまま妹の部屋へと連れ去られたのであった。

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