第38話 逆だっていいじゃない

「ねえねえ、これやってみてよ」


 昼食を食べ終えた後、ふらっと立ち寄ったゲームセンターで彩音あやねがそんなことを口にした。

 彼女が指差しているのは、パンチングマシンと呼ばれるタイプのゲームだ。

 よくムキムキの男がカノジョの前でいいところを見せようとチャレンジして、大半が微妙な結果に空気を悪くするアレである。


「僕には難しいと思うんだけど……」

「かっこいいところ見たいな〜♪」

「っ……わかったよ」


 念押しで「期待しないでね」と言いつつ、100円を投入してグローブを右手に付けた。

 こういうのは初めてなせいで、どんな風に殴ればいいのかすらも分からない。


「ほら、腰を入れて!」

「こ、こう?」

「そこから振りかぶってドンだよ!」

「振りかぶって……ドン?」


 独特な教え方をされてさらに困惑するも、制限時間は刻一刻と迫ってきていた。

 莉斗りとは戸惑いながらも、全力を込めてパッド(サンドバッグみたいなやつ)にパンチをする。


「……」

「さ、39って……」


 画面に表示された数字を見て、彩音は唖然とした。確かにヒョロいし運動をしている訳でもないから、平均の半分くらいだろうとは思っていたが、まさかさらにその半分しかないとは……。


「い、痛い……」

「もしかして痛めちゃった?」

「殴り方が良くなかったのかな……」

「慣れてないことさせてごめんね」


 彼女は心配そうにそう言ってグローブを外した手を擦ってくれるが、莉斗はそんなことよりも頼みたいことがあった。


「彩音さんもやってみてよ」

「わ、私は……こういうの苦手かなぁ……」

「彩音さんのすごいところ見たいなー」

「っ……やればいいんでしょ、やれば!」


 自分がやらせて痛い思いをさせた手前、断るということはしづらいのだろう。

 彩音は不満そうながらも100円を投入すると、莉斗よりも慣れた手つきでグローブを装着した。


「彩音さん、手は抜かないでね」

「わ、わかってるよ。本気で……ね」


 何度か深呼吸をした彼女は、起き上がってきたパッドを見て腕を構えると、2回ほど低く跳ねてから台に叩きつけるようなフックを叩き込む。

 一目見ただけで初プレイじゃないことがわかるその動きに、ただただ瞬きをすることしか出来なかった。


「……117」

「本気、出しちゃったかな」


 聞いたところによると一般女性の平均は40~70、格闘技をやっていた女性でも大半が110~140くらいなんだとか。


「彩音さんって何かやってた?」

「中学の時にこのゲームが好きな友達がいて、毎週通ってたくらいかな」

「は、はぁ」

「本当は莉斗君よりも低い数字を出すつもりだったんだけど……」

「ごめん、僕が弱すぎて」

「殴り方のコツとか知らないなら無理ないよ」


 そう言って手を握ってきた彩音は、にっこりと微笑みながら彼の顔を見上げた。そして。


「何かあったら私が守ってあげるね♪」


 その頼りがいのある一言に、莉斗がキュンと胸をときめかせてしまったことは彼だけの秘密である。

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