第37話 嘘つきは優しさの始まり
映画館から出た2人は、休憩するためとショッピングモール内のベンチに腰を下ろした。
「ごめんね、つい昂っちゃって……」
「大丈夫、僕も……よかったし」
「ふふ、ありがと」
嬉しそうに笑った彼女に頭を撫でられると、胸の内側から何か温かいものが染み出してくるような感じがした。今、すごく幸せな気持ちだ。
「今日遊びに誘ったのって、本当は
「真唯ってあの黒ギャルの人?」
「そうそう。『付き合ってるならデートくらいしとかないとな』だってさ」
「そう言えばそんな嘘ついたんだっけ……」
「『デートの後はホテルだな、念の為にこのゴム持っとけ』って無理矢理財布に入れられちゃって」
「あれ、自分で買ったわけじゃなかったんだ」
「さ、さすがにそれは無理だよ……」
例えもらったものだとしても、
「あ、『穴開けといたからな、
「彩音さんが秘密を守れないタイプで助かった」
穴あきのゴムなんて、底の抜けたバケツと同じくらい意味が無い。だって与えられたはずの役目を果たさないのだから。
彼は強引に彩音の財布を奪い取ると、中から四角い袋を取り出してゴミ箱に捨てた。もちろん使う予定は無いが、こんな危険なものは存在しない方がいいに限る。
「ああ、せっかくくれたのに……」
「ネタばらしされたらもう必要ないよ」
「それはつまり、莉斗君は私に無責任なことをしようとしているということでは?!」
「ち、違うから!」
莉斗が「まだ一線は越えたくない……」と呟くと、彩音もおふざけモードから真面目ちゃんに切り替えて、彼の肩にそっと手を添えた。
「それは私がただのクラスメイトだから?」
「う、うん」
「じゃあさ、付き合ってよ」
「……え?」
「自分で言うのもなんだけど、彩音さんってそこそこいい物件だと思うんだよね。顔もスタイルも悪くはないでしょ?」
「それはむしろいい方だと思うけど……」
歯切れの悪い答えしか返ってこないことに、「なにか不満があるの?」と首を傾げる彩音。
莉斗は「不満はないけど……」と口にするが、その先の言葉を躊躇ってしまった。
「思ってることがあるならはっきり言って」
「……わかった。彩音さんのその言葉に実感は湧かないけど、やっぱり付き合うのは無理かな」
「それはミクちゃんがいるから?」
「ううん、違う。彩音さんのことは僕も好きだけど、この気持ちが純粋なものだとは思えないんだ」
そもそも、2人が関わりを持つようになった理由がASMRで、一緒にいる時の大半の時間が耳舐めに費やされている。
そんな状況で果たして性欲よりも愛情の方が強いと言えるのだろうか。莉斗にはそれが分からないことが怖かった。
「彩音さんがASMRごっこをやめたくなった時、僕は他の人に傾いちゃうんじゃないかなって……」
「莉斗君……」
「ごめんね、だらしない男で」
「もう、謝らないでよ」
俯いてしまう彼の体を、彩音はギュッと抱きしめて背中を撫でてあげる。実は彼女も内心ホッとしていた。
ここで簡単にOKされてしまっていても、きっと妹や幼馴染との行為は続いてしまう。
そんな中で胸を張って自分こそ彼の一番だと言える自信がなかった。だから―――――――――。
「ふふ、私が好きなのは莉斗君の耳だからね! 恋人になれば独り占めできると思ったけど、舐められるなら今のままでもいいかな!」
―――――――私は嘘つきになろうと決めた。
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