第36話 場所は違えどやることは同じ
あれから電車に揺られてショッピングモールにやってきた2人は、初めに映画を観ることにした。
「この席だよ」
「……ここ?」
彩音が指差したのは最後列一番左端の席だった。上映開始時間ギリギリだと言うのに人はまばらで、どうしてこんな見づらい場所を選んだのか不思議だ。
「いいから座って」
「そう言えば、彩音さんのジュースは?」
「なんのためにLサイズにしたと思ってるの?」
「……あっ」
「うん、そゆこと♪」
彼女は取ってある2つの席の真ん中の肘掛けにジュースを置くと、莉斗を端の席に座らせて自分も隣に腰を下ろした。
きっとこの席を選んだのは、周りに人がいなければ小声で話しても迷惑にならないからなのだろう。
彼はそう心の中で納得すると、ポップコーンをひとつ口に放り込んだ。やっぱりキャラメル味に限るね。
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この映画は、友達同士である2人の少女が、大好きな歌い手の正体が実はぼっちなクラスメイトであることを知るところから始まった。
お互いに得意な『絵』『走り』『歌』を通して仲を深めていった3人だが、遊びに行った先で起こった事故によって2人の少女が大怪我を負ってしまう。
絵の得意な少女は左目と右腕を失い、走ることが得意な少女は右目と左脚を失った。
『どうして私がこんな目に遭わないといけないの?いつか人の心を動かす絵を描くって決めてたのに……』
『次の大会で優勝したら手術を受けるって病気の弟と約束してたの。私は姉として失格だよ、もう二度と走れないなんて……』
『『もう会いに来ないで。才能のある君と一緒にいると、自分が惨めに感じるから』』
2人ともからそう突き放された主人公は、友達のいない灰色の学校生活に戻り、やがて歌い手も引退してしまう。
一番歌で元気づけたい相手が、自分の歌声を聞くことを辛く感じてしまう。その現実を前に歌い続ける気力を失ってしまったのだ。
『才能なんてなければ良かったのに……』
もしもそうであれば、2人と仲良くなることがなくなり、事故の起こるあの場所へ遊びに行くことも無くなる。
自分の才能のせいで大切な人たちの人生を台無しにしたと思うと、呼吸をするのさえ辛く感じられてきて―――――――――――。
「ひぅっ?!」
「声出しちゃダメだよ、我慢して」
「こ、こんなところでするの……?」
「そのためにこの席にしたんだもん♪」
映画もいいところだと言うのに、右耳を舐められて集中力が途切れてしまった。
クライマックスがどうなるか知りたい気持ちはあるものの、右耳から伝わってくる快感が意識を阻害するせいで、内容が全く頭に入ってこない。
「っ……っ……!」
「我慢してる莉斗君、すごく可愛いよ」
「はぁはぁ……んぅっ?!」
声を押さえ込むのが精一杯の状態が10分ほど続き、結局展開を知ることなく流れ始めたエンドロールに目を向けた彩音は――――――――――。
「ちゃんと最後まで、だよね?」
そう言って館内に電気がつくまで、ひたすら舐め続けてきたのだった。
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