第25話 この先危険の看板は、危険が見つかってからしか立てられない

 結局、空が暗くなるまで美月みつきにおもちゃにされた莉斗りとは、夕食を共にしたミクと共に何食わぬ顔で会話する彼女を恐れつつ、夜はベッドに入るなりすぐに眠りに落ちた。


 翌朝になっても疲れは完全には取れておらず、昼休みにお誘いしてくれた彩音あやねに謝ってから、彼はまたも図書室へと足を運ぶ。

 目的は前回と同じで、緒方おがた 夕美ゆみの話を聞かせてもらうためだ。


「……あれ? 今月はもう二度目ですか?」

「緒方さんの話を聞くと癒されるんだ」

「相当お疲れのようですね。でも、莉斗さんが月に三度来たことはありませんから、今月は少し寂しくなります」

「話さえ用意してくれればいつでも来るよ」

「それは嬉しいです、本は無限にあるので毎日でも呼べちゃいますから」


 夕美はそう言いつつも「それでは迷惑になってしまうので、着たい時に来てくださいね」と微笑んでくれる。

 莉斗にとってこういう距離感はすごくありがたいし、この互いに暇つぶしとして利用している関係も居心地が良かった。


「……ですが、生憎あいにく今日に限って本を持って来るのを忘れてしまったんですよね」

「いや、でも今カバンから何か取り出そうと……」

「ふふふ、気のせいですよ♪」


 夕美はそれ以上言うなというオーラを発しながら、一度は手に取ったカバンをそっと足元に下ろす。

 莉斗が一体どういうことかと困惑していると、彼女はカウンターの中へ彼を招き入れてイスに座らせた。


「なので、今日は莉斗さんの話を聞かせてもらえますか?」

「僕の話?」

「はい! どうして疲れているのかを教えてもらえないかな……なんて」


 夕美はズカズカと問い詰めるようなことはせず、あくまで提案としてそう言ってくれる。

 そこにあるのは心配してくれる優しさと気遣いなのだが、莉斗からすれば美月とのことを口にできるはずもなかった。


「ごめん、これは話せない」

「……そうですか。残念ですが無理に聞くのも良くないですからね」


 うんうんと言い聞かせるように呟く彼女は、励まそうという気持ちからか莉斗の背中をポンポンと撫でてくれる。

 その際に無意識なのか軽く触れてきた柔らかい感触にドキッとしたものの、彼はカバンから取り出して手渡された本に目を向けて心を落ち着かせた。


「今日はこの絵本です。子供が読むと楽しいお話ですが、成長してみるとまた違った見え方が……」

「えっと、緒方さん……」

「どうかされましたか?」


 話を遮られた夕美は首を傾げながら、返された絵本をじっと見つめる。

 彼女は「もう読んだことがありましたか?」と聞いてくるが、莉斗は首を横に振りながら本を開くジェスチャーをしてみた。


「何かおかしなところでも――――――――っ?!」


 1ページ目、2ページ目と開いていく夕美は、その次のページを見た瞬間に耳まで真っ赤にして頭を抱えてしまう。


「こ、こここここれは違うんです!」

「ごめん、僕も見たことは忘れるから」

「忘れられるわけないですよ! お願いですから誰にも言わないで下さい……」


 莉斗には言いふらすような相手も居なければ、それを信じてくれる人もいないだろう。

 だって夢にも思うはずがないから。真面目な本好きの文学少女が、絵本の間にBL1を挟んでいた……なんて。


「でも、一つだけ確認させて」

「わ、私を殺すつもりですか?!」

「一つだけだから。それを聞いたらもう話題には出さないよ」

「……わかりました、一つだけですよ」


 性癖がバレて傷心中の彼女を追い詰めるようなことはしたくなかったが、気になってしまったことは仕方ない。

 この機会に全てはっきりさせておいた方が、スパンを開けて聞くよりも傷は塞がりやすいはずだ。

 莉斗は自分に言い聞かせるようにそう心の中で呟くと、意を決してその質問を口にした。


「受け側の男の子の名前、にしてるよね……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る