第19話 知らない方がいいこともある

 お風呂から上がった2人は、バレないようにこっそりと部屋に戻って制服に着替えることにする。

 しかし、彩音あやねはここで昨晩の失態に気がついてしまったのだった。


「制服持ってくるの忘れた……」

「え、どうするの?」

「もう、いっそ学校休んじゃおうかな〜」


 彼女はチラチラと莉斗りとを見ると、若干前のめりになりながら「一緒にサボる?」なんて聞いてくる。

 今の彩音は汗をかいた服を着たくないからと、身にまとっているのはバスタオル1枚だけだ。

 そんな状況でこのセリフ、健全な男子高校生にはあまりにも毒すぎる。が、彼女はすぐに「なんちゃって♪」と舌を出して見せた。


「ミクちゃんに借りようかな」

「……貸してくれるかな」

「無理だったら莉斗君とサボることにする」

「勝手に決めないでよ」

「私とじゃ嫌なの?」

「そうじゃなくて……」


 莉斗は彩音の胸元をチラッと見て顔を真っ赤にすると、照れたようにそっぽを向きながらボソッと呟く。


「彩音さんが居ないと、学校面白くないから……」


 その言葉に目を丸くした彩音は、嬉しそうににんまりと笑いながらぎゅっと抱きしめると、目一杯背伸びをして彼の頬にキスをした。


「私も莉斗君が居ないと満足出来ない♪」

「あ、彩音さん……」

「よし、何がなんでも制服借りてくる!」


 彼女はグッと拳を握りしめながらベランダに出ると、手すりに登って向かいのベランダまでジャンプする。

 着地の衝撃でタオルが落ちてしまったが、莉斗には背中しか見えていないので問題ない。

 彩音はそのままベランダの窓をノックし、「……は、裸?!」と驚いているミクを押し退けて強引に部屋へと立ち入った。


「ちょ、何やってるの!」

「制服を借して欲しいんだけど……」

「どうして?」

「莉斗君の家に泊まったのに、持ってくるのを忘れちゃったから」

「……泊まった? へぇ、そうなの」


 ミクは一瞬だけ莉斗にジト目を向けると、短くため息をついてクローゼットから制服を取り出す。


「紺色の方は使わないからいいわ。貸してあげる」

「ほんと?! 後で200万請求したりは……」

「しないわよ! でもその代わり、一つだけお願いを聞いて欲しいの」

「お願い?」


 首を傾げる彩音に手招きして、耳元でコソコソと何かを囁く彼女。彩音はそれに対してニヤニヤと笑うと、「確認取ってみるね」と頷いた。

 その交渉によって契約は成立。彩音は制服と下着を入手することに成功し、せっせとそれを身につけ始める。


「……あれ?」

「どうかした?」

「いや、なんというか……」


 ミクから借りた下着を胸に回した瞬間、それまでニコニコしていた彩音の表情が固まった。

 その理由は単純明快、自分のサイズに合わなかったからである。それもかなり大きめな方で。


「み、ミクちゃんって胸いくつ?」

「4月に測った時はEだったわ」

「E?! じゃあ、まさかシャツがLサイズのは?」

「Mだと胸周りがキツいのよ」

「……聞かなければよかった」


 自分が握りしめている圧倒的勝者の身につけるサイズ感に、彩音は朝から胸に深い傷を負ってしまうのであった。

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