第9話 堪えられない欲求

 竹製の耳かきが右耳の中の壁を撫でる。時折ガリガリと削るような音が聞こえ、それが終わるとまたスリスリズリズリと撫でられた。


「んぅ……気持ちいい……」

「ふふ、よかった♪」


 嬉しそうに笑った彩音あやねは、耳かきの上下を持ち替えると、梵天ぼんてん(綿の部分)で優しく穴の中を掃除していく。


「ふぁ……」

莉斗りと君の声聞いてると、こっちまで眠くなっちゃいそうだよ」

「んん、だって気持ちいいから」


 彩音は「最高の褒め言葉だね」と呟くと、梵天をスポッと抜き取った耳の穴にそっと息を吹きかける。

 いつものようにいじめてくるような吹きかけ方ではなく、あくまで耳を綺麗にするための心地よい風圧だ。


「彩音さん、僕もう……」

「眠かったら寝てもいいよ?」

「ありが……と……」


 言い終えるよりも早く、彼はすぅすぅと寝息を立て始める。彩音からすれば自分の癒しで寝落ちてくれたのだから、本来の目的通りと言えど嬉しかった。

 そして何より莉斗の寝顔が可愛らしい。顔立ちは整っている方だとは思っていたが、いざ目にしてみると想像以上に母性をくすぐられた。


「や、ヤバいかも……」


 彩音はそう口にしながら、そっと自分の下腹部を押える。ここに走るゾクゾクとした感覚、今日だけは押さえておこうと思っていたのに。


「ダメ、莉斗君は疲れてるんだから」

「すぅ……すぅ……」

「この寝顔を壊すなんて出来ないから」


 自分に言い聞かせように何度も呟くが、彼女は無意識のうちに耳かきを置くと、莉斗の耳の傍に手を置いていた。


「ダメ、だけど……我慢できない……!」


 莉斗がASMRを求めるように、彩音もまた彼の気持ちよさそうな表情を求めているのである。

 この可愛らしい寝顔が自分の声、息、指使いで快楽に悦ぶ様を、彼女は見たくて見たくてどうしようもなかった。


「ごめんね、莉斗君♥」


 聞こえていないであろう謝罪の言葉を耳元で囁き、細く長い人差し指を一気に右耳の奥まで突っ込む。

 それと同時に目を覚ました莉斗は、唐突に襲いかかってきた刺激に「ひぅっ?!」と甲高い声を漏らした。


「ふふ、いきなりでビックリしちゃった?」

「彩音、さ……んぅ……だめぇ……」

「ダメじゃないの♪」


 人差し指から小指に変えて、奥までグリグリとやってみたり、壁を重点的に責めたりしてみる。

 目覚め切っていない脳みそにはどれも刺激が強すぎるらしく、いつもよりも体がビクビクと反応していた。


「ほーら、こういうのはどう?」


 彩音はにんまりと笑うと、穴から抜いた指で耳の縁をなぞり始める。

 何度も繰り返し訪れる快感に莉斗は背筋が伸び、声を抑えることも忘れてさせるがままだ。


「ねえ、莉斗君」

「……ふぇ?」

「すごいことしてあげよっか?」


 彼女はそう言いながら右耳に顔を近付けていく。段々と迫る熱い吐息に首を動かせない莉斗は、追い詰められるような感覚にゾクゾクと電気が走ったような感覚を覚えた。


「美味しそうな耳たぶ♪」


 あーんと開かれた口に、莉斗の右耳たぶがぱくりと飲み込まれる。

 熱い口内でちゅーちゅーと吸われたり、舌で優しく撫で回されたり、はたまたカプカプと甘噛みされたり。

 その全てに莉斗は腑抜けたような喘ぎ声を漏らし、堪えられないとばかりに指先をピクピクと震わせた。


「ま、待って……」

「待たないよ」

「もう無理だからぁ……」

「ふふ、頭真っ白になっちゃ――――――――え?」


 トドメとばかりに耳の穴の中へ舌を滑り込ませようとしたその時だった。

 つっかえ棒代わりのモップを挟み忘れた扉が勢いよく開かれ、2人の様子を発見した女子生徒が目を見開く。


「り、莉斗……何やってるの……?」


 彼女は震える声でそう呟いて、その場に崩れ落ちた。

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