第8話 疲れた体に癒しを

「……」

莉斗りと君、おはよう」


 朝、登校してくると同時に挨拶してくれる彩音あやねは、「眠そうだね?」と彼の表情を見ながら言う。


「眠れなくて……」

「昨日、あれだけしたからかな?」

「さすがに体が持たないよ」


 周囲で偶然この会話を聞いた男子生徒が、「え、あいつらまさか……」と羨ましそうな目を向けてくることにも気付かず、莉斗は席に着くなりすぐにうつ伏せになった。


「初めての体験だもんね」

汐音しのんさん、やっぱり上手だね」

「私もお姉ちゃんに教えてもらったくらいだから」


 先程の男子生徒が「お、お姉ちゃんと3人?!」と目を見開き、ポタポタと鼻血を垂らし始める。

 慌てて彼の友人がティッシュを差し出してあげるも、しばらくの間放心状態になっていた。


「疲れてるみたいだし、今日はどうする?」

「してもらいたいけど、本当に倒れそうで……」

「じゃあ、今日は激しくないのにしよっか?」


 莉斗が「出来るの?」と聞くと、彩音は「お姉ちゃんの動画、見てたんでしょ?」と腰に手を当てながら頬を膨らませる。


「お姉ちゃん、睡眠向けのASMRも投稿してるはずだけど」

「……そうだっけ?」

「もしかして、激しいのしか見てないの?」

「そ、そういうわけじゃ……」


 一瞬動揺した隙を見逃さず、彩音はグイッと右耳の傍で「莉斗君のむっつりめ」と囁いた。

 いくら疲れていても体は覚えているようで、彼女の囁き声だけでビクッと肩が跳ねてしまう。


「ふふ、じゃあ先にいつもの場所行ってて。私は少し寄り道して行くから♪」


 彩音はそう言うと、何も無かったかのように友達の輪に加わりに行った。

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 そして約束の4時間目。昼食を食べ終えた莉斗は、まだ友達と談笑している彩音を横目に教室を出た。

 誰にも見つからないように『いつもの場所』である体育倉庫へ入ると、マットに腰かけて待つこと3分。


「ごめん、借りる時に何に使うのか聞かれちゃって」


 そう言いながら入ってきた彩音の手には、やはりASMR好きは見慣れたものが握られていた。


「耳かきしてあげるね」

「い、いいの?」

「癒されるでしょ?」


 にっこりと笑った彩音は莉斗の左隣に腰掛けると、スカートをピシッと伸ばしてから膝をポンポンと叩く。どうぞの合図だ。


「ひ、膝枕?」

「もしかして初めて?」

「……うん」


 その答えに安心したように微笑んだ彩音は、「してくれる相手がいたら嫉妬しちゃうなぁ」なんて言いながら、そっと彼の肩に手を添える。


「ほら、おいで?」


 軽く引き寄せられる感覚に流されるように、莉斗はゆっくりと体を倒した。

 想像していたものよりもずっと柔らかくて、高さもちょうどいい。おまけに伝わってくる体温がすごく心地よくて、これだけでも十分癒された。


「どうかな?」

「……すごくいい」

「ほんと? 実は私も初めてなんだよね、膝枕」

「え、じゃあダメだよ。僕なんかが……」


 慌てて起き上がろうとする莉斗を、彩音はそっと押さえた。そして顔を耳元に近付けながら、優しく頭を撫でてくれる。


「初めてが莉斗君なら、私も安心できるんだよ?」

「……ほんと?」

「もちろん♪」


 「だから、私にさせてくれる?」と聞いてくる彩音に、莉斗は静かに体を委ねるのであった。

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