第4話 手のひらの上の莉斗

「……」ジー

「っ……な、なに?」


 翌朝、いつも通りスマホでASMRを聞いていた莉斗りとは、動画がひとつ終わって顔を上げたところで、目の前にいた彩音あやねと目が合った。


「別に! 彩音さん、怒ってなんてないですけど!」

「……あ、昨日のこと怒ってるの?」

「昨日のこと?」

「胸が小さいって―――――――」

「わーわー! それはもう忘れたよ!」


 あまり騒がれると視線が集まってしまう。

 莉斗が居心地の悪そうな顔をしたのに気が付いた彩音は、声のトーンを抑えつつ右耳からイヤホンを引っこ抜いた。


「これ、何?」

「……イヤホン」

「そうじゃなくて、何聞いてたの?」

「い、いつものだけど……」


 その答えに深いため息をついた彩音は、怒ったようにスマホを奪い取る。

 彼女は取り返そうとする莉斗をひょいとかわすと、それまで聞いていたY〇uTubeのブラウザを横にスライドして消してしまった。


「あっ」

「彩音さんがどうして怒っているのか、昼休みまでに考えておくこと!」

「ええ……」


 突然怒るなんて理不尽だと机に突っ伏した莉斗だったが、彼女の求める答えに辿り着くまで、そう時間はかからなかった。

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 自分の机で昼食を食べ終えた莉斗は、友達と一緒に食べていた彩音が教室から出たのを確認して、すぐにその後を追う。


「あ、彩音さん!」

「……ふんっ」


 声をかけると一度は振り向いてくれたものの、そのまま顔を背けて歩き出してしまう彼女。

 それでも莉斗は諦めずに前に立ち塞がると、スマホの画面を見せつけるように差し出した。


「け、消すから……」


 ブラウザのお気に入り欄に並ぶASMRの動画。彼はそれをひとつずつ削除していく。

 検索すればまた出てくるものではあるが、今の覚悟と気持ちを伝えるには十分な行動だった。


「……やっと分かってくれたかぁ」


 最後のひとつが消え、まっさらな画面が映し出されると同時ににんまりと微笑む彩音。

 彼女は先程までのツンツンな雰囲気とは打って変わって、莉斗にベッタリとくっつきながらクスクスと愉しそうに笑う。


「莉斗君の一番は私だもんね?」

「う、うん……」

「もぉ、照れちゃって♪」


 からかうように頬をツンツンと突いてきた彩音は、そっと莉斗の頬に手を当てると、じっと目を見つめながら言った。


「私以外はもうダメだよ?」

「っ……それって……?」


 彼女はその問い返しにニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、同時に優しく彼の顔を自分の方へと引き寄せる。

 そして右耳に軽く唇を触れさせると、熱い吐息を吐きながら甘い声で囁いた。


「したくなったら、いつでもしてあげるね♪」


 そんな彩音がちらっと見せた右手に、連絡先の書かれた紙が握られてるのを見た莉斗は、これも全て彼女の計画通りなのだと察するのであった。

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