第3話 余計な一言が命取り

「さて、どうして欲しい?」


 体育倉庫のスライド式の扉にモップを挟み、外から開けないようにする彩音あやね

 彼女は口元をニヤニヤと緩めながら、莉斗りとにゆっくりと近付いて来た。


「別に何も……」

「嘘は良くないよ、嘘は」


 彼の腰掛けている重ねられたマットの上へぽふんと腰を下ろすと、彩音は早速耳元で甘く囁き始める。


「彩音さん、今なら何でもしてあげるよ?」

「何でも……?」

「お、食いついた? さすが男の子だね」

「っ……」


 ケラケラと笑われたのが恥ずかしかったのか、莉斗は顔を背けてしまう。そんな彼に「ごめんね、反応が可愛かったから」と言いながら、彩音はそっと莉斗の頬に手を当てる。


「ほら、こっち向いて?」

「……」

「もう意地悪しないからさ」

「……うん」


 おそるおそる言われた通りにした直後、彩音は体をグイッと乗り出して、右耳へふぅと息を吹きかけた。


「っ〜〜?!」

「ふふ、騙される方が悪いよ♪」


 突然の刺激によって力の抜けた彼の体を押し倒し、そのまま押さえつけるようにしてもう一度息を吹きかける。


「あぅ……」

「ここなら声我慢しなくていいんだけどなぁ?」

「っ……」


 彩音の囁きに首を横に振る莉斗。他の人に聞かれないとしても、やはり恥ずかしいのだろう。


「それなら、我慢できなくなるまで責めてあげないとね」

「ま、待って……」

「待ちませーん♪」


 抵抗しようとする両手を押さえ付け、右耳へ熱い吐息を何度も当てた。その度に彼の指先は小刻みに震え、肌は段々と赤色に染っていく。


「やっぱり、スマホで聞くよりいい感じ?」

「……」

「答えて? どっちが好きなの」

「っ……こっち、かな」


 莉斗の答えを聞いて、数秒間苦しそうに下腹部を押さえた彩音は、荒くなった息遣いを抑えながら、今度は短く「ふっ、ふっ、ふっ」と息を吹き込んだ。


「ぁっ……んん……っ……」

「莉斗君、彩音さんに甘えていいんだよ?」

「そ、それは……」

「もっとすごいこと、して欲しくない?」


 その言葉で莉斗が、ごくりと生唾を飲み込んだのがはっきりと分かった。

 上下に移動する喉仏、羞恥と期待とが混ざった虚ろな瞳、触れることをやめた後もピクピクと震え続ける右耳。

 その全てが彩音の性癖の深いところを突いてきて、『無口なクラスメイトにおねだりさせる』というシチュエーションが、さらに彼女をどうしようもなく昂らせていた。


「して欲しいなら、『お願いします』だよね?」

「っ……」

「ほら言って? 2人だけの秘密だからさ♪」

「あぅ……お願い、します……」

「『彩音さん、可愛い』。さんはい!」

「彩音さん……か、可愛い……」

「『世界で一番可愛い』。さんはい!」

「せ、世界で一番可愛い……」


 犬のような従順さで、オウムのように返してくれる莉斗に、彩音は「んふふ♪」とご満悦。


「次が最後ね。『彩音さんは目も胸も器も大きい!』。さんはい!」

「えっと、彩音さんは目も胸も……顔も大きい?」

「顔は大きくないよ!」

「あ、お尻だっけ……」

「う・つ・わ! お尻は小さいでしょうが!」

「それを言ったら胸も―――――――――」

「……あ?」


 結局、その日は怒った彩音を宥めるだけで昼休みが終わってしまい、莉斗は家に帰ってからいつも通りY〇uTubeでASMRを聞くのだが、何か物足りないと感じてしまうのであった。

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