第9話 5年後までサヨナラ

 誰もいないステージが映っている。見たことがある風景だった。ここは多分、真一郎が前に飛び入り参加したライブハウスだ。

 画面には現在視聴している人数がカウントされている。それほど多くない人数だった。


 ステージの袖から真一郎が出てきた。ライブ用の衣装に身を包んだ真一郎は格好良く、普段のTシャツ短パン姿とはかけ離れている。


 アップで映る真一郎は、今回の生配信の趣旨を説明した。

「これまで俺は、パソコンの打ち込みで作曲し、編曲まで行ったものを使って歌ってました。納得いくまで撮り直しして、最高にうまくいった動画をアップしてました。でもそれだと、動画を見ているみんなに俺の本気というか、熱気が伝わっていないんじゃないかって思ったんです。だから今回の演奏は違います。初の生配信にして、なんと生バンドで歌います! みんなよろしく」

 真一郎の呼びかけで、ステージ上に機材が運ばれ始めた。ドラム、キーボードが設置され、それぞれに演奏者がついた。ギターとベースは、演奏者が持ったまま登場する。


 そこで否が応でも気がついた。ギターを持っているのは、

「近藤さんだ!」

 僕の声に、カスミが反応した。

「え、だれ?」

「ほら、このギターの人。ギター教室の」

「ああ! 瑞季のお師匠さんの?」

 顔や格好は自分の知っている近藤さんだったが、ギターを抱えてたたずむ姿は、何かそう、オーラをまとっているかのような雰囲気だった。

 まるで近藤さんじゃないようで、端的に言って格好よかった。

 よく見れば、キーボードは真一郎のお姉さんだ。何回か真一郎の家で会ったことがある。確か今はフリーの編曲者として活動しているはずだった。

 真一郎の打ち込みの技術はお姉さんから教わったものだと、真一郎本人から聞いたことがある。

「どういうことなの?」

 カスミがモニターを見ながら驚いた顔をしている。そんなこと、僕に聞かれても分からない。他は僕が知らない人たちだった。もしかしたらライブハウスの関係者かもしれない。


「さ、準備もできたし、さっそくやっちゃおうか。聞いてるかフォローしてくれているみんな。そして、これから歌う曲の作詞作曲者よ。お前もしっかり聞いてるだろうな。これが俺の本気、そして覚悟だ」


 タイトル『有限の未来』


 真一郎のタイトルコールから演奏は始まった。パソコンの打ち込みと生バンドじゃ、もちろんアレンジが違うから、この間のライブのときとは印象が違ってくるが、今回の生バンドの演奏は当然だが厚みが打ち込みとはぜんぜん違うものだった。


 盛り上がる前奏に、真一郎の声が入る。その歌にどんどん引き込まれていく。

 興奮しているのは僕だけではなかった。視聴者からのコメントが画面に流れていくのが見えるけど、どのメッセージも歌のすごさに驚くモノだった。


「もしかして、近藤さんの立ち位置って、瑞季が立つことを想定してるんじゃない」

 カスミがモニターを指差す。それは僕も気づいていた。真一郎と近藤さんは、ステージ上でほぼ並んだ形だった。真一郎と僕が組んだときのイメージがこれなのだろう。


 そして、近藤さんのギターがこれまたすごい。あのギター教室で会った近藤さんと同一人物とはとても思えないギタリストぶりだ。真一郎が僕にこのレベルを求めているとしたら、相当の努力が必要と思われた。


「ねえ、コメントを見て!」

 カスミが興奮して叫んだ。

 そこには、歌詞について言及されたメッセージが大量に流れ始めていた。


『有限の未来っていうタイトルの意味回収』

『歌詞深くね?』

『やべ。刺さる』

『俺の未来だけは無限なんだあああああ』

『有限だよ。はよ気づけwww』

『明日から学校行くわ。みんなよろ』


 画面には『有限の未来』の歌詞が、歌番組さながらにテロップとして出ている。この生配信、どれだけの人数と手間がかかっているんだろう。しかしその一手間によって、この歌の歌詞がダイレクトに視聴者に届いているのだ。

 自分の作った歌への反応は路上ライブのときにも少しはあったが、ネット配信はその比ではなかった。


 夢見心地のような時間が過ぎていき、それは終わりのときを告げた。

 歌い終えた真一郎が、画面から呼びかける。

「みんな、どうだった? 感想、コメントに残してくれよ。そして気に入ったらチャンネル登録もよろしく」

 ちゃっかり自分のチャンネルの宣伝を入れつつ、「おい、作詞作曲者。聞いてるか。次はお前の覚悟を俺に見せてみろよ。何せ、未来は有限なんだからな。分かったか」

 そこだけは、シンガーの真一郎ではなく、僕の知っている真一郎だった。思わず笑いがこみ上げてきた。


 生配信が終わろうとしている。

「なあ、カスミ」

 彼女は視線をモニターからこちらに向けた。

「カスミのおかげだ」

「なに急に」

「もし真一郎の生配信を一人で観ていたら、あいつと自分の差をこれまで以上感じて、音楽をやめることを決定的なものにしていたと思う。でもカスミは、僕の作った歌の価値について話してくれて、その上で生配信を観たから、感じ方がぜんぜん違うモノになった」

「じゃあ……」

「ああ、真一郎と組んでみるよ。あいつについて行くのは大変かもしれないけど、自分が作った歌の価値を信じてみたいんだ」

「瑞季……、瑞季!」

 カスミが僕に抱きついてきた。

 両手で抱えるけど、バランスを崩してしまい、ベッドに二人で倒れてしまった。

 そのまま見つめ合っていたカスミと僕は、どちらからともなく顔を近づけた。


     ※


 小鳥の鳴く声が聞こえる。

 カーテンの隙間からのぞく太陽の光は、ほの暗い、まだ明け方のそれであった。

 僕はベッドから身体を起こし、昨日のことを思い出していた。そしてあることに気づき、ベッドから飛び降りた。


 部屋に彼女の姿がなかった。

 トイレに立ったのか、喉が渇いて一階に降りたのか。たぶんどちらかだと思った僕は、部屋を出て階段を降りた。

 リビングのテーブルは、本来なら二人で食べたり飲んだりした跡がそのまま残っているはずだったのだけど、今はすっかりゴミが片づけられて、綺麗になっていた。


 そして綺麗になったテーブルに一枚のメモ紙が残されていた。手に取って書かれていた文字を読む。


 慌てて家中を探したが、彼女の姿は見つけられなかった。玄関に彼女の靴はなくなっており、外に出て周囲を見渡したけど、朝早い時間帯で人ひとり歩いていなかった。


 僕はスマホを手に取り、SNSアプリを立ち上げた。しかし、カスミと思われる箇所には、退会しましたという表示が出ていた。電話番号も知らず、彼女の家の住所や場所も知らない僕には、もう彼女と連絡を取る手段はなかった。


 こうして佐倉カスミは僕の前から突然姿を消した。あるのは手元に残されたメモ書きだけだった。

 そこには、カスミの書いた字で、こう残されていた。


『5年後まで、サヨナラ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る