第7話 決戦は日曜日

 カスミと最後に会ってから一週間が経つ。

 その間、彼女からの連絡はなかった。それまで毎日のようにSNSアプリでやりとりをしたりデートをしたりしていたから、それがないだけで一日がすごく長く感じられた。


 音楽活動を止めることにしたと母さんに伝えたとき、何かあったのかと不安そうな顔はしつつも、今から申し込める夏期講習がないかと嬉々としてサイトを探し始めた。どうやら音楽にかまけている息子をかなり心配していたようだった。

 その母さんは現在、母方のお祖父ちゃんが具合を悪くしたとかで実家に帰っている。日曜日の今夜は向こうにいてこちらには戻ってこないらしい。父さんは単身赴任で家にいないから、今日は一日僕一人だ。


 あまりに暇なので、これまで一切手をつけていなかった夏休みの宿題を開いたけど、一向に進む気配がなかった。

 ベッドに移動し、横になりながらスマホを顔の上にかざした。SNSアプリに文章を入力してはすぐに消すを繰り返し、仕舞いにはスマホを放り投げた。


 壁に立てかけられているギターケースを見やる。最後の路上ライブ以降、ケースが開けられたことはなかった。僕は無意識にケースを手に取ると、そこからアコースティックギターを取り出した。弾く直前になってチューニングをずっとしていないことを思い出し、そのときようやく自分がギターを持っていることに気がついた。僕はギターを弾かないまま、ケースに仕舞った。

 どうにも落ち着かない。この状況が一週間も続いている。理由は推して知るべしである。


 なんであのとき、カスミにあんなひどいことを言ってしまったんだろう。二股なんて証拠もない、ただの僕の想像にすぎないことを、彼女に事実確認もしないままなんで突きつけてしまったのだろう。真一郎からは彼女を信じろと言われていたにもかかわらずだ。

 つまり僕は、心の奥底で彼女を信じていなかったのだ。後悔してもしきれなかった。


 真一郎に相談しようにも、あいつともいま音信不通になっている。一週間前にとあるお願いを僕にしてきて、僕はそれを了承した。たぶんあいつは、そのことで奔走しているのだろう。まだ連絡がないところを見ると、準備が整っていないに違いない。

 僕は天井を見上げながら、カスミのことをずっと考えていた。

 

 スマホが鳴って、僕はベッドから飛び起きた。どうやら横になっているうちに寝てしまっていたようだ。画面に庵原真一郎と表示されている。スマホに出ると、真一郎の声が騒音の中からかすかに聞こえてきた。

「今日の午後八時からだ。その時間まで、ネット環境のある場所で待機。絶対見ろよ」

 それだけ言って、通話は切れてしまった。せっかちなやつだ。もし僕が聞き取れなかったらどうしてたのだろう。

 眠い目をこすりながら、あくびをひとつした。スマホの時計を見ると、午後五時を回ったところだった。まだ八時には時間があったので、夕飯でも買いに行こうと思った。


 そのとき、SNSアプリの着信音がなった。どうせ真一郎からだろうと思い、軽い気持ちでスマホを見たら、心臓が止まりそうになった。

 カスミからだった。

 ずっと待ち望んでいたものが届いたのに、僕の指はなかなかメッセージを表示させることができなかった。もし別れ話だったらどうしようと思うと、見るのにかなりの勇気が必要だった。目をつむりながら画面に表示させる。そしてゆっくりと目を開けて文字を追った。


『今日これから会える?』


 すぐに会いたいと思ったけれど、そのように返信したら待ち焦がれていたことがバレてしまう。

『会えるけど、用事があるから七時には帰ってこなきゃいけないんだ』

 ここまで文字入力した後、かぶりを振って送信せずに文章をまるごと削除した。

 何を格好つけているんだ。今はこの間のことを謝ることが最優先だ。こんなすかした文章を送っている場合じゃない。あらためて書き直した。


『この間はごめん。カスミのこと考えず、自分のことばっかり考えてた。会って謝りたい』


 送ってすぐに既読になる。返信を待つ間、深海に潜っているような、苦しい時間が過ぎる。そして着信音がなった。


『わたしも。どこで会う?』


 カスミからの返信を読んで、どうやら別れ話ではないことが分かりほっとした。


 そうすると今度は、どこで会うかが問題となる。場所はいつも彼女の方から指定してきていたから、僕が決めるのは初めてのことだった。

 会う時間も難しい。今からすぐにでも会いたいけれど、この間のことを謝る時間がほしいから、会う時間を長く取りたい。でも真一郎との約束もあるから七時半には帰ってこなければならないという事情もある。


 迷ったあげく、『今からうちにこないか? 今日は親もいないから、気兼ねしなくていいよ』と送った。

 時間も気にしなくていいし、真一郎との約束も守ることができるから一石二鳥だ。僕にしては、なかなかいい判断だと思った。

 しかし既読になってから、はっと気づく。

 これって、今夜、誰もいない二人っきりになれる場所に、女子を誘っていることにならないか?

 既読になったメッセージを読み返す。これは明らかに誘っている。全身が熱くなった。


 もう既読になっているから、カスミはこの文章を目にしていることになる。今更削除するのもかえって目立つ。

 すぐに返事が返ってこないのは、彼女も誰もいない家に誘われて困っているからではないか。やばいやばい。どうする?

 着信音がなる。


『じゃあ、何か食べるものを買っていくね』


 なんと、彼女がこれからうちに来ることが決定してしまった。

 あまりの急展開に驚き、気づいたらうわーって叫んでいた。


 女子を家に招くなんて初めてで、僕はパニックになっていた。 とりあえず彼女が到着する前に、いろいろなモノを片づけなければならないと思った。

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