第4話 近づく二人

 真一郎と別れた後、僕は駅前にあるシネコンの入口で佐倉さんと合流した。

 彼女がリクエストした『全米がキュンキュンしたと話題の恋愛映画』を鑑賞するためだ。


 深めのキャップにTシャツ、ショートパンツ姿というラフな格好で現れた佐倉さんは、こちらの心の動揺も知らず「お待たせー」と輝く笑顔を見せ、「昨日から楽しみにしてたんだよね。あ、映画っていったらまずはポップコーン買うんでしょ。柊くんは塩派? キャラメル派?」などと言いながら、僕を売店のカウンターに引っ張っていった。


 会ってすぐに、「佐倉さんの学校って、本当に桜聖高校?」と気になっていることをずばり聞こうと思っていたのだけれど、彼女の楽しそうな顔を見たら何となく聞きづらくなってしまい、もやもやした状態のまま映画を観ることになってしまった。

 さらに、鑑賞中に手と手が触れあうというハプニングがあり、それがどう考えても彼女から触れさせにきたような感じだったから、これは手を握ってもいいものなのか、それとも何かの罠なのか、という思考が頭の中をぐるぐると回り、結局何が全米をキュンキュンさせたのか分からないまま、そして僕は彼女の手を握ることのないまま、映画が終わってしまった。


 その後は、映画館に併設されたゲームセンターでUFOキャッチャーをしてみたり、二人でレースゲームをやったりした。

 彼女にレースゲームで三回挑んで全敗した後、ベンチに並んで座って自販機のアイスを食べながら休憩した。戦利品のぬいぐるみを膝の上に抱えて座る佐倉さんを横目で見て、デートしてるんだなって遅まきながら実感した。


「佐倉さんて、ゲーム得意なの?」

「そうね。得意な方かも。柊くんは?」

「ご覧のとおり。ゲームセンターはあまり来たことないし、家にゲーム機もないしね」

「ゲームよりギターだったんでしょ」

「まあね」

「そういえば今日は、ギターケース持ってきてないね」

「いや、映画観るのに持ってくるわけないだろ。映画館の人がびっくりするよ」

「そりゃそっか。でも音楽は止めないって約束だからね。覚えてるでしょ」

「お願いはされたけど、約束までした記憶はないよ」

「あー、そう言うんだ。そういうこと言うんだ。へー」

 佐倉さんはベンチからすっと立ち上がり、ぬいぐるみを押し込んだリュックを背負うと、身体全体でこちらを振り返った。


「じゃあ、今から水族館に行こう」


「なんだって?」

「だ、か、ら、いまから水族……」

「いや、意味は分かるけどさ。今から?」

「そ。今から」

「なんで?」

「そんなの、行きたいからに決まってるじゃない」

 佐倉さんは近場の水族館の営業時間と移動手段を調べ上げ、気がついたら二人は水族館行きのバスに乗り込んでいた。


 最終入館時間ぎりぎりに滑り込んだ僕たちは、閉館間際で空いた館内を並んで歩いた。

「水族館ってすごい久しぶり」

 佐倉さんは大きな水槽を下から見上げながら、独り言のように言った。目の前を大きなサメが優雅に通過していく。彼女は目を輝かせながら、その姿を追っていた。

 薄暗い中、水槽の光に照らされた佐倉さんは、なんていうか、すごく綺麗に見えた。


 時間がないので、早足に館内を回る。

「ほら。こっちこっち、きて」

 少し先にある小さな水槽の前から呼ばれた僕は、彼女の隣に移動する。

「リーフフィッシュっていうんだって。落ち葉に化ける忍者のような魚って書いてあるんだけど、どこにいるんだろう。瑞季くん分かる?」

 小さな水槽の中に枯れ木と枯れ葉が置かれており、そこに同化しているのだろうと推測はできるけど、ぱっと見て分からなかった。目をこらして探してみる。


「あそこじゃないか?」

 枯れ木の一部、少し違和感がある箇所を指差した。

「どれ?」

 佐倉さんの声がすぐ近くに聞こえたものだから、えっと思って横を向くと、すぐ隣に彼女の顔があった。距離がすごく近い。心臓の音が外に聞こえてしまうんじゃないかと思うほどに高鳴った。

「どこのこと?」

 彼女がこちらを見る。視線が合い、焦った僕は反射的に下を向いた。そしたらショートパンツから伸びる彼女のすらっとした白い足が見えて、さらに焦る。


「……あ、ほらもう閉館時間じゃないか。急いで回らないと。カスミさん、行くよ」

 僕はとっさに彼女の手を握り、出口の方に向かった。「えー、まだ時間あるよー」と不満を述べるカスミさんを引っ張り、売店まで一気にたどり着いた。


 僕の右手から、彼女の左手のぬくもりが伝わってくる。映画館では握れなかった手だったけど、今はいとも簡単に握ることができた。この水族館の雰囲気が、二人の手を自然に繋がせたように感じた。そしてその手は、帰りのバスを待つ間もずっと繋がれたままだった。


 なぜカスミさんが急に水族館へ行こうなんて言い出したのか、僕には分からない。ただ一つ言えるのは、水族館デートを境に、いつのまにか僕の呼び名が柊くんから瑞季くんになり、そして彼女の呼び名は佐倉さんからカスミさんに変わったのだった。まあ、つまりそういうことなんだと思う。

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