第3話 ミステリアスな彼女
「どう思う?」
昨日、自分に起きた出来事を説明し終えた後、僕は単刀直入に聞いた。
「びっくりした」と、真顔で返してきたのは同じクラスの
アイスコーヒーをストローでかき回しながら僕は言った。
「食いつくところはそこじゃない」
「分かってる。冗談だ。怒るなよ」
どうしても相談したいことがあると真一郎を呼びだしたのは、自宅と学校の中間くらいの場所にあるなじみの喫茶店だった。建物の二階にあり、居心地が良くて仲間内でちょくちょく利用している。
朝早くに僕からのスマホの着信で起こされた真一郎は、夏休み中ということもあり、Tシャツ短パンのラフな姿でやってきた。一番奥の席に陣取った僕たちは、注文もそこそこに本題に入っていた。
シンプルに表現すれば、『美少女から何の前触れもなく突然告白された』ということになるのだろう。しかし、一夜明けて冷静になって考えてみると、そんな少年マンガみたいなシチュエーションが自分の身に起きることの不自然さに気づいてしまった。
もしかしたら、何か悪いことに巻き込まれようとしているのではないだろうか。実は佐倉さんという人は見かけによらずものすごい悪人で、手でも繋ごうものなら顔に傷のあるお兄さんが現れて、脅されたあげく大金を巻き上げられるのではないか。
告白されたと素直にとるよりも、むしろこのパターンの方が現実に近い気がしてきた。いや絶対にそうだ。そうに違いない。
ここでようやく冒頭の「どう思う?」に繋がるのである。
「あれだな」真一郎が言った。「ギター持って路上で歌えばモテるって話、もはや都市伝説だと思っていたけど、そんなに効果があるなら今日から俺もやるわ」
「お前じゃあるまいし、僕は別にモテたいと思って路上ライブをやってたわけじゃないから」
同じ学校内で、プロのミュージシャンになりたいという僕の夢を知っているのは真一郎だけだった。本当は、その夢を叶えるために路上ライブをしていることはこの男にだけは知られたくなかったのだが、相談の都合上、教える他なかった。
「いやいや、結果的に告られてんじゃん。瑞季曰く、とてつもない美少女に」
「だからさ、急に告白してくるなんて怪しくないかっていう話をしてるんじゃないか」
「怪しいか怪しくないかで言ったら」
真一郎はコーラを一口飲み、テーブルに置いた。
「もったいない」
「なんだよそれ」
「そのままだよ。だって美少女に告られたんだろ。なぜ素直に浮かれないんだ? 怪しい怪しいって疑って、せっかくの機会を棒に振るのはもったいないぞ。俺なら速攻で付き合うけどね」
僕は大きくため息をついた。この男との会話はいつもこんな調子だ。毎度の馬鹿話なら笑えるが、今日はそんな気分ではなかった。
真一郎とはそれこそ幼稚園の頃からの付き合いだった。幼稚園のお遊戯会で隣に住む幼なじみと歌を披露したことが僕の夢の出発点だったのだけれど、当時の真一郎はといえば、先生のスカートの中に入ることばかり考えているような困った児童だった。
小中とサッカーをやっていたのも、サッカーを止めた後に音楽を始めたのも、女子にモテるからという軟派な理由であることを公言しているようなやつだ。
そんな不純な動機で音楽を始めた真一郎に、神様はなぜか才能を与えた。
ネット上に曲を上げることに抵抗がある僕に対し、真一郎は動画サイトにオリジナル曲をばんばんアップしているのだが、これがなかなか評判いいのである。
すでに一定数のフォロワーがいる真一郎は学校内でも結構有名人で、見た目の格好良さもあり、実際女子にモテていた。
「真一郎に聞きたかったのは、佐倉カスミさんの評判というか、何かその、人を陥れるような人なのかどうかということを知りたいんだ」
真一郎を呼び出した本当の理由は、これを聞きたかったからだ。こいつの女関係の情報網は一高校生の域を越えているのである。基本いい加減な男だが、興味がある分野には妥協なくとことんのめり込む男だった。
佐倉さんのような美少女であれば、この男のデータベースに引っかかっていないはずがない。学校名と学年、名前がわかれば確実にヒットするだろうと考えていた。彼女が突然告白するような、思ったらすぐ行動するタイプなのか、それとも裏があるタイプなのか。第三者からの情報が欲しかった。
生きた美少女データベースはすぐに反応し「何だ、それを聞きたいなら早く言え」と、短パンのポケットからスマホを取り出し、操作し始めた。
「たださ、俺自身はその子のことを知らないんだ。そんなに可愛い子なら知らないはずないんだけどな」
首をかしげる真一郎に僕も驚いた。この男のデータベースに佐倉カスミがいないとは。そんなことがあるのだろうか。なんとなく嫌な予感がした。
「ちょっと待ってろ。ツテをたどれば……あ、俺、庵原だけど。久しぶり」
電話に出た誰かと明るい会話をしつつ、佐倉さんの話を進めている。
「分かった、ありがと。うん。これから? 夕方からならいいよ。後で連絡する。じゃ」
通話を切った真一郎は、すぐに別の相手に電話をした。同じような会話をし、通話を切り、もう一度同じことを繰り返したところで、真一郎は「発表します」と言った。
神妙な顔でたっぷり間を取る。ここでそんな演出はいらない。
「いいから早く言え」
僕のいらだちを無視し、その後も大いにもったいぶってから真一郎は口を開いた。
「桜聖高校に、佐倉カスミという生徒はいないぞ」
「……」
いらだちから一転、驚きすぎて声が出なかった。
「なんだ。驚きすぎて声も出ない、って感じの顔だな。まあ仕方ないか。いま電話したのは、桜聖高校の各学年の女子なんだけど、どの学年にも佐倉カスミという名前の生徒はいないってさ」
隣の高校の女子で、しかも各学年に知り合いがいるという真一郎の人脈にも驚かされたが、今そんなことはどうでもいい。
「ということは――」
「別の学校名を教えてきたか、もしくは偽名を名乗ったかだな。ずいぶんミステリアスな彼女じゃないか。そういう女、嫌いじゃないよ」
こいつの軽口につっこむ余裕は僕にはなかった。彼女にうそをつかれたということが分かったのだ。何か裏があるかもと覚悟はしていたが、実際知ってしまうとショックは大きかった。
僕は自分のスマホのSNSアプリを立ち上げた。そこには昨日、連絡先を交換した際の佐倉さんとのやり取りが記されている。彼女が確かに存在していたことは間違いない。しかし、彼女の情報には真実ではないことが混ざっていた。
彼女はいったい何者なのだろうか。こうなると、悪い方向に考えてしまうのが僕の悪い癖だった。
「あんな綺麗な子が急に告白とか、怪しいと思ったんだよ。きっと僕に近づく理由が別にあるんだ。いたずらかもしれないし、もしかしたら犯罪的な何かかも――」
「普通に考えて、単純に彼女の言い間違いとかお前の聞き間違いとかだろ。告白する者される者、互いに緊張してただろうから、そうなる可能性は高い。考えすぎだ」
真一郎があきれたように僕の言葉を遮った。こいつは僕とは逆の楽観主義者だ。
「彼女とはもう付き合ってるのか?」
真一郎の問いに、「いや」と答える。「とりあえず友達からってことになってる。それで、今日これから一緒に映画観に行く約束をしてるんだけど……」
どんな顔をして会えばいいのだろう。いやその前に、会って問題ないのだろうか。
「とりあえず一回デートしてみろっての。それが心配性への一番の薬だよ。あ、お前もしかしてデート初めてじゃないか? しかたないな。ちょうど俺も夕方からデートだから、ダブルデートにしてやってもいいぞ」
そういえば、真一郎が先ほど桜聖高校の各学年の女子と時間差でデートの約束をしていたことを思い出した。こいつとダブルデートなんて死んでも嫌だし、何より一つのミスですぐに修羅場になりそうなデート現場に居合わせたくはない。
僕は丁重にお断りをした。
喫茶店を出て階段を降りると夏の熱気が僕たちを襲った。太陽が容赦なく照りつけてくる。
「なあ瑞季」
両手を挙げて一伸びした真一郎が、ふいに僕を呼び止めた。
「お前、音楽止めるつもりだったのか?」
聞かれたくなかったことを最後に聞かれてしまった。僕は振り返らず、だけど正直に答えた。
「止める予定だったけど、彼女のおかげで今は保留状態」
「なぜ止める?」
いつも軽薄なTシャツ短パン男は、その姿に似合わぬ真面目な顔で聞いてきた。
「俺のせいか?」
セミの鳴く声がすぐ近くで聞こえた。
ようやく僕は振り返った。
「だったらどうする?」
二人の視線が重なった。だけど、すぐに僕から視線を逸らした。
「俺は諦めないぜ」
真一郎の言葉を背中に聞きながら、逃げるようにその場をあとにした。
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