第9話<嫁との約束>

ひとしきり泣くと何とか落ち着いた。


久しぶりに娘の笑顔を視ると、本気で思う。


ずっと時間が止まって、このまま此の世界に居たい。


だが先ずは娘に状況を説明しないと、このままでは混乱してしまうだろう。




「自分は召喚獣のトウだ、君を守る為に存在している」




娘は鳥が喋れる事に驚いた表情をしたが「私はエミリ、トウちゃんヨロシクね」と笑顔を返す。


明らかに違う世界だが、自分が大泣きしていたのを慰めた事で緊張感が和らいでいるのかもしれない。




名前がトウだと云えば。トウさんかトウちゃんになると予想していたが、此れで取り敢えず呼び名の作戦は成功した。


我が娘に名前で呼ばれるのは、何だか違和感が在るしな。




「此処は魔物が居る世界だから、剣や魔法とスキルを駆使して生きていかなければいけない」




「まるでゲームみたい、服装もそんな感じだし」




興味深そうに辺りの通行人を見るエミリは、大雑把な説明なのに気にもしてなさそうだ。


まあ混乱されるよりは良いが、子供の頃からゲーム好きだったのが幸いしたのだろう。




「先ずは生きていく為に仕事が必要だな、ギルドに登録しに行くぞ」




エミリは小さく頷き、後を追って来ている。


事前にネットで学習しているから、何処に何の店が在るかは大体把握済みだ。




エミリは興味深そうに周りを観ながら歩き続けているので、後で寄ってみても良いだろう。


そこ迄は良かったのだが、思っていたよりも身体が重い。




翔んで先導していたが、もう上がったり下がったりとフラフラしてしまう。




「肩に乗ってて良いよ」




そう言って辛そうな事に気付いてくれたエミリは、そっと肩を差し出す。


親ながら思う。


優しい娘に育ってくれたものである。




勿論火の鳥と云っても常に燃えている訳ではなく、能力使用時だけ見た目が燃えているらしいので燃え移る心配は無い。


少し太っ腹では在るが、普段は紅い鳥という外見である。




さて、ここからが問題だ。


ギルドに行くと仲間を探す事になる確率が高いのだが、当然長く近くに居ると仲間から恋人になるというパターンである。


父親の責務として見極めなければいけない。




ギルドに入ると、建物内は依頼を探す冒険者達で溢れていた。


カウンターの女性職員に手続きを確認すると、女性職員は慣れた様子で説明を始める




女性職員の説明では。


冒険者ランクはEから始まり、同ランクの依頼しか請けられない。(一部特例有)


ランク昇格は試験も在るが、実力次第でケースバイケース。


請けた依頼を何度も失敗した場合は、ランクの降格・罰金が在る。というものだった。




「其れでは石板の上に手をかざして下さい」




女性職員に促され、エミリは不安そうに両手をかざす。




「これっ、聖者の行進って?トリプルレアじゃないの!?」




確認していた女性職員が驚きの声をあげ、近くに居て聞こえた冒険者達はざわめき始める。


一躍注目の的となってしまったが無理もない。


其れ程に、持っている事が有り得ない確率なのである。




聖者の行進はAランク以下の魔物からの攻撃、更に触れる事すら出来ないという激レアだが。


この町の近辺でAランクの魔物が出る事は殆んど無い。


要するに現時点では無敵なのである。




「失礼しました、こちらのカードを御受け取り下さい。回復術士で登録完了です」




騒ぎを察した女性職員は申し訳なさそうに一礼して、ギルドの会員カードをエミリに手渡す。




「君、一緒に冒険しないか?」




職員とのやり取りが終わるのを見計らっていたかのように、一人の冒険者が話し掛けてくる。


すると関を切ったかのように、他の冒険者達も。




「イヤ、俺達と組んだ方が絶対良いぜ」




「ウチは女性が居るから安心だろ」とエミリの周りには人だかりが出来て、身動きすら取れなくなっている。




「待て!待て~!仲間に為るには審査が必要だ」




そう言って制止すると、冒険者達は驚いていたが関係ない。


旦那候補かも知れないのだ。


見極めなければ。




其れに亡き嫁との約束も在った。


自分が病気で弱っているにも関わらず何度も、パパあの子の結婚式迄お願いねと心配していた。


そんな嫁の事を想うと涙が出てきそうだが、今はそんな場合じゃない。


娘の将来が掛かっているのだから。

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