第8話<最高の笑顔>
待ち望んでいたゲーム機が自宅に届くのは、嫁の墓参りから二週間後の予定だった。
いよいよ其の日が来たと、仕事が休日の日を選んだのに朝からソワソワして早起きしてしまった。
そうなってしまうのも無理はない。
何故なら前日の夜も中々寝付けなかった位に待ち望んでいたし、職場でも同僚に何か良い事でも在ったんですか?と聞かれてしまう位である。
キャラクター設定等の手続きは今日迄に登録申請済みだから、後はゲーム機だけ。
気が逸るのも仕方ないだろう。
唯一の問題は自分が父親だと告げるかどうかだったが、其れは云わない事に決めた。
言ってしまうと召喚獣として常に隣に居るのが父親だから、気を使い楽しめないだろう。年頃の娘な訳だし。
其れに実際には仕事が在るから、ずっと隣に居る事は出来ない。
自分が現実生活に戻っている間はノンプレーヤー設定で、人工知能任せになってしまう。
勿論ゲームの世界だという説明もしずらくなってしまうが、その方が良いと思えた。
何故なら戻る事の出来ない娘の現状を突き付け、悲しませるだけだと思ったからだ。
たとえゲーム内の世界だろうと、娘が幸せになってくれれば其れで良いのである。
まだ逢えるか確定もしていないのに、そんな事ばかり考えてニヤニヤしてしまう。
自宅のチャイムが鳴ったのは、其の時だった。
一呼吸して、気持ちと表情を落ち着かせる。
ニヤけたままの顔で出れば、変なオッサンだと思われてしまうだろう。
ドアを開け配達員との業務的やり取りを済ませ、待望のゲーム機を受け取る。
まだ配達員が近くに居るかも知れないから、大声で喜びたい気分を抑え冷静に出掛ける準備を始める。
梱包されたゲーム機の箱は炊飯器位の大きさで、思っていたよりは軽い。
外は大雨で。あいにくの天気だが、こんな事も在ろうかとビニールカバーを用意してある。
ぶつけないようにも注意して車に詰め込み、娘の居る病院に向かった。
病棟に入ると意識の無い娘に「今から逢えるからな」と笑顔で話し掛け、早速準備に取り掛かる。
こんな風に病棟で笑える日が来るとは、思ってもいなかった。
ゲーム機の了承は医師に得ているので、邪魔をされる心配は無い。
思っていたよりもセット自体は簡単だったので、二人分の準備は完了し後は電源を入れるだけ。
出来るだけ最高の笑顔で逢おうと思った。
会えなかった時間分、目一杯最高の笑顔で。
そんな想いを胸に電源を入れた瞬間、雷鳴が響く。
其の雷音と同時に意識が遠のき、気が付くと別世界だった。
火の鳥とやらの視界が思っていたよりも低いので驚いたが、事前に知っているから違和感は無い。
其れよりも見た目だ。現実が影響するシステムでも在るのか。
設定時の火の鳥はもっとスマートだったのに、えらい太っ腹になっている。
まあ、そんな事はどうでもいい。問題は娘に逢えるかどうかである。
隣に立つ足を見上げると、確証は持てないが娘に似ている。
慌てて肩に飛び乗り確認する。
間違いない。見間違う訳がない。
娘の顔そのままだ。
設定で出来るだけ顔が似るようにはしたが、そんな機械的なレベルじゃない。
状況が理解出来ない娘は夢でも視ているかのように、辺りを見回している。
娘だ。娘が生きて動いている。
やっと逢えた。
そう思うと涙が止まらなかった。
笑って会うつもりだったのに、羽で拭いても拭いても涙が止められない。
泣き続ける自分を娘は不思議そうに見つめ「どうして泣いてるの?」と優しく頭を撫でる。
なおさら涙は止まらない。
数十分後、泣き止む迄待ってくれていた娘は「鳥さんのおなか、お父さんにソックリ」と無邪気に笑っていた。
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