ペットショップの挨拶番長

九ノ瀬みをる

おはよう

喉の調子は良好だ。


いつでも元気よく挨拶ができるだろう。




「オハヨッ! オハヨッ!」




……ボイスチェックは完璧。


いつもと変わらぬ、美しい声だ。


……今日はどんなニンゲンが来るのだろうか。


羽を伸ばして待つとしよう。












陽気なBGMが流れる店内では、今日も様々な音が飛び交っている。


何か小さな生き物が回し車の中をぐるぐる回る音


私と似た生物が高らかに朝の挨拶をしている音




……そして九官鳥であるこの私の美しい鳴き声……!




私がひとたび鳴くと、周りの生き物たちは一瞬黙ってしまう。


今日もこの美しい鳴き声で、ニンゲンどもの注意をひいてやる予定だ。


私は今日も周りの生き物たちにこの美しい声を届ける。




「オハヨ~ッ!!」




「「…」」




この通り。


みんな私の美声に酔いしれているのだろう。


残念ながら他の生物の声は私には聴き取れないが


きっとこういっているに違いない。




「九官鳥さん、今日も素敵……」




「ぼくもあんなふうになりたいなぁ」




……フッ。よせやい、照れるじゃあないか。












開店時間の10時になると、オレンジ色の布を着たニンゲンたちは慌ただしく動いていた。


ピンポーンという音とともに、様々な布を着ているニンゲンたちが入ってくる。


すると私の目の前……いや、正確には目の下に、かわいらしいピンク色の布を着た小さなニンゲンが現れた。




「「……」」




……なんなんだこの間は。


私から言ったほうがいいのか?




……よし。




「オハヨッ! オハヨッ!」




ビクッ




サッと逃げられてしまった。


ま、まぁ初めて私を見るのなら畏怖して逃げてしまうのもわかる話だ。




……が、それでも少し自信をそがれてしまった。


次に会うときはもっと優しくいってやろう。












私の前には、いつも同じ時間、同じ曜日にくるニンゲンがいる。


背は高く声は低い、口と鼻の間に短い髭を生やした雄だ。


割と堀の深い顔つきだと思う。九官鳥の世界だったらモテるかもしれない。


彼はひそひそと周りを確認しだす。




二三回左右に首を振り、誰もいないと分かった途端、私に低い声で呟いた。




「おはよう」




フッ、仕方ないな。応えてやろう。




「オハヨッ! オハヨッ!」




彼はニヤッとして少しの間私の頭をなで、そのまま帰っていった。


……彼はそこの看板に書いてある「頭をなでないでください」っていう文字が読めないらしい。






まぁ撫でてくれたほうが嬉しいのだが。












私の目の前……いや、正確には目の下に、かわいらしいピンク色の布を着たニンゲンが現れた。




……ん?さっき見たな。また来たのか。


でも少しだけさっきと違うのは、小さなニンゲンよりも大きい雌のニンゲンが隣にいることだ。


おそらく親なのだろう。この小さなニンゲンが連れてきたのか。


そんなことを考えていると、親らしきニンゲンが私に向かって




「オハヨッ!」




……と、私の真似をしているかのように鳴いた。




ファンなのだろうか?ならば仕方ない。全力で応えてやろう。




「オハヨッ!! オハヨッ!!」




相変わらず小さなニンゲンは驚いていた。




……でも少しだけ笑顔を見せていた気がする。


今度はちゃんと喜んでくれただろうか。




何を言っているのかは分からないが、その二人のニンゲンは、私に手を振って帰っていった。












私には一つ疑問に思っていることがある。


ここまでの人気を誇っていながら、なぜだれも飼ってくれないのだろうかということだ。




……




まさか、値段が高いのか……!?


気付いてしまった。可能性は高い。


私にはニンゲンにとってのカネの価値というものは分からないのだが


カネは命よりも重いと風のうわさで聞いたことがある。




……でもプラスに考えてみよう。




命よりも重たいカネで私たち生き物の価値をニンゲンが図っているのだとすれば


私は物凄く貴重な生き物なのかもしれない。




……フッ。




※九官鳥の自信が少し回復した。












私の前に、オレンジ色の布を着て眼鏡をかけたニンゲンが現れた。


このニンゲンはいつも私の世話をしてくれる。


挨拶代わりにここはひとつ鳴いてやろう。




「オハヨッ!!」




「うん、おはよう」




……いつも通りだ。




思えば、私がこの「おはよう」という言葉を覚えたのも、このニンゲンが毎日私に話しかけてくれていたからだった。


感謝せねばならないのだろう。


私はいつも以上にオレンジ布の眼鏡さんに、感謝の意も込めて「オハヨッ!!」と鳴いた。






オレンジ布の眼鏡さんはなぜか、悲しそうな顔をしていた。












私は籠の中に住んでいる。




その籠にはいつも二つの看板がついている




……まぁ大体察しはつく。




「撫でないでください。噛まれる可能性があります」




「値段〇〇万円」




とかこんなものだろう。


しかし、今日はなぜか看板が一つ増えた。


値段のついた看板の上に何かが貼られていた。


これはいったい何なんだろうか。




どうせ読めないから考えたってしょうがないんだけどね。












今日も一日が終わる。




たくさんの人に今日も挨拶ができて満足だ。




……明日はどんな人間が来るのだろう。












今日は雨が降っていた。


外の世界からはザーザーという音が聞こえる。


……外の世界ってどんな場所なんだろう。




そんなことを考えながら、開店時間を待った。












陽気なBGMが流れる。


今日も声出しは完璧だ。


10時のチャイムとともに、様々な服を着たニンゲンが入ってくる。


でも今日はオレンジ布の眼鏡さん行動がいつもと違っていた。


私の入っている籠を持ってレジに向かっているのだ。




なんなんだろう。




私はどうなるんだろう。




オレンジ布の眼鏡さんは、私を見ながら


どうやら……泣いているように見えた。




元気がないのかな?それなら私が一鳴きしてやろう。




「オハヨッ!」




「……うん。おはよう」




……少しは元気になってくれたかな。












レジにつくと、見覚えのある顔が目の前に現れた。


いつも同じ時間、同じ曜日に私のことを見に来る


堀の深い雄だ。




彼は私に




「おはよう」




と低い声で呟いた。


今日は何でここで会うんだろうとも思ったが、


とりあえずいつも通りに




「オハヨッ!! オハヨッ!!」




と返す。




彼は見た目にそぐわぬ笑顔を見せて、


オレンジ色の眼鏡さんと会話をしていた。




……




……ん?




まさか、私はこの雄に飼われるのか!?




先ほどからの様子をうかがうと


ウキウキ笑顔な堀の深い雄と、何か悲しそうなオレンジ布の眼鏡さんの間で


様々な手続きがされていた。




20分ほどオレンジ布の眼鏡さんが話をした後


二人は私の目の前で握手を交わしていた。


私にはニンゲンの言葉はもちろん、行動もあまり理解できないが


これは信頼しようという行動なのだろうと予感できた。












オレンジ布の眼鏡さんに狭い部屋に運ばれ


私は一時籠から解放される。


オレンジ布の眼鏡さんは何かを私に言っていた。


何を言っているのかはもちろん分からない。




だから私は、いつも通り、挨拶をしよう。




「オハヨッ!!」




オレンジ布の眼鏡さんから涙があふれた。


フッ。そんなに感動したのか。


……でも、もう会えないのかと思うと、少し切なく感じてしまう。




そんなことを考えていると


私は新品の白い籠に入れられて


レジに運ばれた。












また二人が会話を交わしている。


そして堀の深い雄に私の入っている籠が渡った。


いつの間にか空は晴れていた。


堀の深い雄の車まで運ばれるとき


オレンジ布の眼鏡さんは私のことをずっと見ていた。




感謝の言葉なんてわからない。


でも最後に大きな声で、もう聞こえないかもしれないけど




鳴こう












「……結局、おはようしか覚えてくれなかったなぁ」




「ほかの言葉も教えたのに、昼も夜もおはようしかいわないし」




「でもそんなあの子に私は救われたのかもしれないな」




「私の気分が落ち込んでいた時だってずーっとおはようって言ってくれるし」




「……それも自慢げに。……ふふっ」






少し静かになった店内で、眼鏡をかけた店員が一人


少し寂し気に……でもなにか嬉しそうに




今日もひとり、動物たちの世話をしていた。

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