悪役令嬢の庶民準備は整いました!…けど、聖女が許さない!?
リオール
第1話
「レイラーシュ、君との結婚はなかったことにしてくれないかな」
「それは婚約破棄をご希望ということでしょうか、サラディス殿下」
「うん、そうだ……ごめんね、私は真実の愛を見つけてしまったんだ」
一応は申し訳なさそうに、けれども幸せを隠そうともしない目で、金髪碧眼という基本的な美形の王太子殿下はそう私に告げた。そんな彼の後ろには、空を映したような青い髪と瞳を持った美しい少女……天に愛されし聖女がいる。
どこから見てもお似合いの二人。そこに私の入る隙間など存在せず。そんな二人を見て、私……公爵家の長女であるレイラーシュは涙ながらに王太子にすがりつく……
ことはしなかった。
なぜなら冷静な表面上とは裏腹に、心の中はお花が舞っていたからである!!!
\\\ ///
よしきたー!
/// \\\
そんな私の心の叫びと内心のガッツポーズを見ることは誰にも出来ない。
きたきたきたきた、きたよこれ!やっと婚約破棄できる!
長かった、実に長かった。
王太子との婚約が親同士で勝手に決められたのが7歳の時。
それから数年……
私は王妃教育は真面目に受けた。勉強出来ないのに!おバカである自信あるのに!必死で頑張ったよー!!!
おかげで15歳の王立学術院入学時には周囲から十分認められるくらいにはなっていた。
学術院に入ってからも慢心することなく勉強に励んだ。
更には周りへの気遣いを忘れることなく、様々な人物と関わりを持ち、仲良くなった。
……すんごいコミュ障なんだけどな。吐きそうになりながらも笑顔振りまいて頑張ったわ!
さすが未来の王妃だ、勉強熱心で優秀で、けれど奢らない。そんな風に思われるようになる頃には心の涙は赤かったかもしれない。
そうして、同い年で同時に入学したサラディス殿下とも仲は悪くなく、将来は安泰と皆が見てる中で。
聖女様が降臨しましたとさ。
それが16歳の時。
そしてあれよあれよとサラディス殿下は聖女と仲良くなりあっという間に私の存在は薄くなりました。
のだけどー
ぜーんぶ私は事の展開を知っていた!
そう、知っていた。
なぜって前世の記憶があるから。ここが前世でプレイした乙女ゲームの世界だって知ってたから。
自分の立ち位置も今後の展開も知ってたからこそ破滅しかない事も知っていた。
私は王妃教育と平行して、庶民になった時のための生活術を密かに学び……未来の王妃たるために渡された支度金を少しずつ貯金して。
いつ公爵家を追い出されても良い状態にしてから王立学術院に入学したのだ!
せっかく入った学院だ、出来るだけ活用できそうな情報やコネを掴むべく動いていたら、いつの間にか結構な人気者になっていた……てのが現実。
真実はそんなだったのだけど。当然周りはそんなこと知らない。
聖女に心酔するサラディス殿下が有名になる頃には私を見る目は同情一色となっていた。
が!!!
ここでくじけ泣いても庶民となれない!
確かゲームでは私は悪役令嬢として聖女をいじめ抜くのである。そして断罪されて庶民降格なり修道院に行かされるのだ。(処刑展開がないのは本当に良かった!!!)
聖女とはいえど、天からフヨフヨ降りて来ただけのただの少女。癒しの力がちょっとあるけど大したことないらしい。とにかく天から降臨した事に意味がある…そうだ。
そんなちょっと生い立ちが変わってるだけの至極普通の彼女を、公爵家の私が虐めることなど簡単であった。
のだけどー(2回目)
いじめってどうやるの?
いや本当に分からない。いじめってした事ないもの。そもそも前世では小学生どころかそれ以前、物心ついた頃にはボッチが染みついていた私。
幸いいじめられる事もなかったが、いじめるような相手もいなかった。
いじめ方なんて知るか!
まあでもプレイしたゲームの世界ですから。ゲームの中の悪役令嬢レイラーシュがやった事を真似すればいいんだよね。
嫌味やお小言は……まあ天から来ただけの無知な少女なので色々教えてあげてるうちに嫌味に聞こえるように言ってみた。胸がチクチクするからどうしてもソフトになったけど公爵令嬢が言うだけで嫌味になるんじゃないか。
多分。
聖女の私物を壊したり無くすのはさすがに気がひける。私の高級そうに見えるアクセサリや美味しそうで高そうな昼食を見て見て~と見せに行って悔しい思いをさせた。
多分…悔しいと思わせてるはず。
同学年の女性が集まるお茶会も誘わなかった。私が主催するお茶会ではなかったから私がやったわけではないが、放置した。
…絶対好奇の目にさらされ、質問攻めや嫌味三昧で疲れると思ったから、敢えて。でも傍から見れば嫌がらせだろう。
私が主導だと思われてるはずだよね、多分。
階段から突き落とすとか危なすぎるだろと思って顔面崩壊レベルの笑い死に寸前まで脇腹をくすぐってやった。これ最高のいじめだろう!た、多分…
そうしていじめることおよそ1年…私のいじめは王太子の耳にも届くこととなったようだ。
そして私は彼の部屋に呼び出しをくらうこととなった。
…あれ、ゲームでは卒業パーティで断罪くらうんじゃなかったけ?
まあ私自身がゲームの主旨から外れた行動をとる異端分子なんだし。ゲームとちょっとばかし違う展開になるのもあり得るのかな。そう考え王太子の部屋に入り。
冒頭のセリフをいただく事となったのである。
ああ長かった。本当に長かった。嫌いな勉強に人付き合い。どれだけ苦痛だったことか!
それがようやく解放される。
私は一つ深呼吸をしてから言葉を紡いだ。
「真実の愛と申しますと?」
今すぐ婚約破棄を受け入れてルンルンで庶民生活に飛び込みたいところだが、そこはグッとこらえる。分かり切ったことを聞く事に意味があるかは微妙だが、やはり段階を踏むことは大事だ。
急いては事を仕損じる。うん名言。
「君も分かってるだろう?今私の後ろにいる、聖女カルティアを私は愛しているんだ。分かっていたからこそ、彼女をいじめていたのだろう?」
「はて、何のことでしょう」
一応とぼけてみる。これも大事な段階だ。
「君の私への気持ちを知りながら、不誠実な事をしてしまったことは申し訳ないと思ってる」
あ、不貞を働いてる意識はあったのね。でも私は王太子を愛してないのだけど。婚約者がいながら簡単に他の女性のところにいく男などこちらから願い下げだ。
でも言わない。
私が黙っていると王太子は言葉を続けた。
「だからといって、カルティアをいじめて良いというわけではない。彼女は聖女だぞ。聖女でなくとも問題だ。そのような女性は王妃にはふさわしくない。よってこの場をもって婚約破棄とする。父上には私から伝える」
不貞を働く男も王には相応しくないと思うんですけど。
でもこれも言わない。
とにかく黙って聞く。そして受け入れる。
「また、君の心根の醜さは露見した。公爵令嬢としても相応しくない。よって君は庶民へ降格とする。追って沙汰があるだろう」
「…………そうですか」
きた────!!!その言葉を待ってました!遅いよもう!
「分かりました、全て殿下の御心のままに。わたくしは全てを受け入れますわ」
ムズムズと笑いそうになるのを必死に押し殺し、何とか言い終える。
もういいよね、いいよね!ルンルンでお部屋出てもいいよね!?
退室の礼をとり、王太子達に背を向ける。部屋から出た瞬間、スキップする気満々だ!
そう思ってたのに。
「お待ちください!!!!」
それまで一言も発することなく成り行きを見守っていた聖女…カルティアが叫んだのだった。
「え!?」
「カルティア!?」
王太子と私が同時に驚いた声を出す。
見ると泣きそうな顔でカルティアが王太子の前に出て私を見ている。
なんだなんだ?
何か文句を言わないと気が済まないとかか?
うーんまあ、しゃーないかあ。
大人しく聞いてあげるから早くしてよねー。
「何でしょうか、カルティア様?」
さすがに心の声は出すわけにもいかず、私はカルティアと向き合った。
さあこい!罵詈雑言…はさすがに聖女だから無いかもしれんが、文句は甘んじて受けるよ!
が、カルティアは何も言わずに駆け寄ってきて…
(あ、ビンタ?)
と思う間もなく
ガバッ!!!
あろうことか抱きついてきたのであった!
「カカカカ、カルティア!?」
妙な笑い声を出すな、王太子。
いや違うか、驚きのあまりどもったか。
私も驚きのあまり声が出ない。
「行かないで下さい、お姉さま!」
………………
…………………………
…………………………………は?
おおおお姉さま!?
え、何これ何これ何これ
どーいう展開!?
「カルティア様、どうしたのですか?」
しかしここは令嬢らしく冷静に抱きついてきたカルティアに声をかける。
さすが私。伊達に17年も令嬢やってない。
私の胸に顔を埋めていたカルティアはバッと顔を上げて私を見た。うっすら涙を浮かべて。
えーっと…
「私、いじめられたなんて思ったことありません!!」
「んんっ!?!?!?」
何を言い出すんだこの子は!?
「私が天から降りてきて右も左も分からなくて困っていたのを、お姉さまは色々教えて助けてくださったでしょう?
少し厳しい事を言われたこともありましたが、私はそのお陰で様々なことを知り、学ぶことができました!」
「えーいや、あれは…」
「色々な宝飾品を見せてくださり、可愛いお揃いの髪留めをくださったでしょう?あれは本当にレイラーシュ様に似合っていて、少しでもレイラーシュ様の美しさに近付けたらいいなととても嬉しかったんです!
美味しそうなお食事も紹介して食べさせてくださいましたし。マナーも合わせて教えてくださいましたよね。あのカウカウのシチューは本当に美味しかったです!」
「あーそういえば」
なんかあまりに美味しそうに見るからあげたっけ。アクセサリも色違いの髪留めとかあげたっけ~。わたくしの方が似合いますわ!とか嫌味を込めたつもりが伝わってなかったか。
「何より慣れない場所で緊張ばかりしていたわたくしの心をほぐそうと、くすぐったりして和らげてくださいましたよね。わたくし、あれから自然に笑えるようになりました!」
「え~………」
そうなの!?
あれがそんな結果を生むわけ!?
なんてポジティブな子!
「サラディス様、わたくしはいじめられたなんて思ったこと1度もありませんわ!
レイラーシュ様はいつもわたくしの事を考えて助けてくださいました。サラディス様や他の方と仲良くなれたのも、この世界に慣れることが出来たのも、全てレイラーシュ様の…お姉さまのおかげなんです!!」
キッと王太子を睨むように見据えてカルティアは言いつのった。
いやまあ確かにカルティアのことはよく考えてたよ。なんとかいじめっぽいことするために行動を把握しようとあれこれ調べて、どうしようか考えてたし。
でもあーた
「お姉さまって何ですの」
ホントに何なの。
「レイラーシュ様は本当に美しく聡明でそれでいてお優しくて…お姉さまになってくださったらどんなに幸せかとずっと思っていたんです」
頬を赤く染めて言うなし。
潤んだ瞳で見上げるなし。
そもそも同い年だし。
「お姉さまって呼んでいいですか?」
「ブホッ」
思わず吹いたわ。
何でやねん。
つかもー呼んどるがな。
もう心の中に令嬢の私はいない。
今だ私に抱きつき続けるカルティアと頭を抱える私に、ヨロヨロとおぼつかない足取りで近付く存在が1人。
忘れてた。王太子いたんだっけ。
「カ、カルティア、私のことは?」
予定では私と婚約破棄して今頃カルティアとイチャイチャするはずだったのだろう。
あまりの展開について行けてない王太子は若干老け込んだように見える。
そんな王太子を、カルティアは再び睨みつける。
「サラディス様!お姉さまに謂われの無い罪を着せていじめるなんてヒドイ人!お姉さまはサラディス様の婚約者なのに、私がどれだけ言ってもお姉さまをないがしろにして…大っ嫌いよ!!!」
ゴ────ンッッッ!!!
頭を殴られるような衝撃音が聞こえたような気がした。
いや王太子からすれば本当に殴られたような痛みを感じたことだろう。
その場でうずくまってしまった。
そんな彼を冷たい目で一瞥したカルティアは、直後嘘のように温かく潤んだ目でまた私を見つめてきた。
「ああお姉さま、お慕いしております。カルティアはずっと貴女のお側にいとうございます」
えーえー
お慕いしてとか言っちゃってるよ。
何この世界。このゲーム、こんなんだっけー?
それとも隠しエンドか?
ウンウン悩みはしたが、とりあえずは庶民エンドは回避となるのかな?
まあそれはそれでいいのかな。仲良くなった貴族のお友達とも一緒にいられるし。
それに。
チラッと抱きついたままのカルティアを見る。
こうやって懐いてくれるのは悪くない。
むしろ可愛い。
まあ私にはそっちの気はないけれど、このまま聖女と2人、国を見守りながら生きるのも悪くないかな?
なんて、床に突っ伏してしまった王太子を踏みつけてやろうかと悩みつつ考えるのであった。
悪役令嬢の庶民準備は整いました!…けど、聖女が許さない!? リオール @rio-ru
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