22 ともに




空を流れてきた大きな雲が陽の光を遮り、薄暗くなった周囲ではざわざわつく草の音が響いている。


魔物の気配に意識を集中させたタスクは、片側の草原が揺れるのとほぼ同時に駆け出した。

草原から飛び出してきた魔物とすぐさま距離を詰めると、魔物が向けた鋭い爪を剣で受け振り払う。そして、僅かに距離を空けて地に足をつけた魔物を追ってタスクはすぐに踏み込んだ。魔物も素早く牙を向けるが、タスクは紙一重のところでそれを躱すと魔物の懐から剣を振り上げる。切られた反動で魔物が倒れるなか、タスクはすぐに後ろを振り返った。


タスクが草原から近づく魔物へ駆け出したのと入れ違いのように反対側の草原も揺れていた。

身構えていたイオは飛び出してきた魔物が近づき、飛びかかってきたところで躱すべく駆け出した。魔物から距離を取ったイオは振り返り、魔物が注意を向けたままなのを確認すると再び剣を構える。すると、イオが構えたことが合図になったかのように魔物が走り出した。


タスクが振り返った先では、最後の1体になった魔物がイオに向けて走り出していた。すぐさま駆け出すが、間に合いそうにない。


「こっち、向け!」


無我夢中で魔物に向けて届くはずのない剣を横へ振ると、突然魔物の奥にある草が突風に当たったかのように激しく揺れ出した。魔物も飛ばされるのを堪えるように身を低くして足を止めている。タスクは何が起きたのかを考えるよりも先に動き出した。すぐに駆け出すと、突風から立ち直ったばかりの魔物の胴体を切り上げる。切り飛ばされた魔物は地面へ倒れると、僅かな間身動いだのち動かなくなった。


「今のは…」


イオは一言呟いたところで、膝の力が抜けしゃがみ込んでしまった。

魔物の姿が消えていくことを確認していたタスクは、離れた所から聞こえた物音にはっとして振り返る。


「イオっ」


タスクはイオの下へ駆け寄ると怪我の状態を見た。腕の傷は浅くなく、光の力で抑えられているようだが出血も続いているようだ。今できる手当だけでは足りないが、治療ができる次の村まではまだまだ距離がある。


「止まっていても仕方ない、先に進もう」


手当をし直したところでイオは立ち上がったが、その足取りはふらついている。慌てて横へつき支えたタスクの耳に、遠くから道を踏み締める聞き慣れた音が聞こえてきた。






村の診療所で治療を受けたタスクは、先に治療を受け休んでいるというイオの下へやってきた。病室へ入るとイオは寝ているようで、他に人の居ない室内は静まり返っている。

魔物を倒した後、歩いて村へ向かおうとしていた2人の下へたまたま荷馬車が通りかかった。状況を説明し乗せてもらうことができたおかげで、無事にフーイリの村へ着くことができた。診療所に着いた時には顔色の悪かったイオだが、治療のおかげかだいぶ良くなったように見える。

タスクは、部屋の隅に置いてあったイスに静かに座った。日が傾いてきた事で、室内は少し薄暗くなってきている。

胸の内に溜まったものを吐き出すように大きな溜め息をついたタスクは、両方の脚に両肘をつくと、組んだ手の上に項垂れるように額をつけた。


「…ったく…」


思わず零れた声は、そのまま静かな室内に落ちていった。






次の日。

タスクが病室を訪ねると、イオは既に身支度を終えていた。


「早いな。もう動いても平気なのか?」


「うん。さすがにまだ傷は治ってないけど、縫ってあるし動いても大丈夫。先生にも許可もらってあるしね」


「そっか…」


何かを言い淀んだ様子で言葉を途切れさせたタスクに、腕を見下ろしていたイオが顔を上げた。


「行くんでしょ、聖域に。あぁ、その前に語伝のお爺さんの所だね」


「ん、そうだな、行こう」


どこか取り繕うように頷いたタスクはイオが何か反応をする前に病室を出て行き、その様子に首を捻りながらイオも後に続いた。



慣れ親しんだ村の中、問題なく語伝の家に辿り着くと2人を待っていたらしい語伝に出迎えられた。

イオの怪我のことを何処かから聞いていた様子の語伝は2人のことを甚く心配していて、イオが怪我の心配は無いことを何度も伝えその度に大丈夫なのかと確認されてしまった。聖域に行くことは勿論許可されたが、これからも身体に気をつけるように言い含められ2人は決まりが悪くなってきた。


「語伝のお爺さんに、だいぶ心配かけちゃったね」


聖域がある森へ続く道を歩きながらイオが苦笑いをした。聖域に近くなったこの辺りは民家が途切れ、所々に生える木とその周囲に広がる草が静かに風に揺れている。


「語伝の爺ちゃんは、俺達が村を出た理由を知ってるんだもんな。…送り出した側は、気が気じゃないのかもしれないな…」


「……タスク…どうか、した?」


「え?」


突然の問いかけにタスクが顔を上げると、その様子を見たイオが短く息を吐いた。


「今朝から、何か言いたそうにしてるから。…何か気になるの?」


「いや、その…」


言いにくそうに視線を逸らしたタスクは、諦めたように大きく息を吐いた。


「なんて言ったらいいか、わかんねぇんだけど…、その…イオは、嫌になってないか?」


「嫌にって言うと…何に対して?」


イオは考える仕草をすると、静かに問い直した。


「…昨日の戦い、あそこで荷馬車が通らなかったら、命が…危なかったかもしれないし、ナウリの村に行く前のタミナの魔物との戦いだって危なかった。こう何度も命懸けの戦いが続いてて、戦う事や旅を続ける事が…嫌になってないか?」


「…そう、か…」


静かに目を向けるタスクに、イオは言い淀むように言葉を止め考えだす。森の中を歩き始めていた2人は、どちらからともなく足を止めていた。

風が静かに木の葉を揺らす中、イオはゆっくり言葉を繋げた。


「…戦う事は、まだ嫌になってないよ。旅も、辞めるつもりは無い。タスクもそうでしょ?」


「ああ、勿論辞めるつもりは無い」


はっきりと言葉にしたタスクに、イオは一つ頷く。


「確かに、昨日は危なかった。私1人だったらきっと今生きていなかった。タミナの魔物との時だってそう。1人だったら今ここにはいなかったと思う」


イオはそこで肩の力を抜くように一つ息を吐いた。


「私、タミナの魔物の時にタスクが強い攻撃を受けるのを見て、あの一撃はまずいってわかっても何もできなかった。あの時は焦ったし、心臓が潰れるかと思った。…もし、私が今この戦いから降りて…タスクがまた同じような状態になったら、今度は戻ってこられないかもしれない。逆に、私がこの戦いから降りなくても、戦いの中でタスクに何かあったら今の私だけじゃ生き残れない…」


タスクは何かを考えるように視線を逸らした。


「それに、…今何が起きているか知っていてタスクやミールが危ない目に遭っているかもしれない時に、何もしないでいることなんてできないしね」


苦笑いをするイオに、タスクが何か言おうと口を開きかけると先にイオがおどけたように話し出す。


「まあ、タスクが無闇に突っ走るのも止めないといけないしね」


「俺がいつ、無闇に突っ走ったんだよ」


タスクのむっとしたような言葉に、イオは可笑しそうに笑い出す。タスクが不貞腐れたように腕を組むと、イオがふと確認するように声をかけた。


「タスクが考えてた事は、私と同じだった?」


「ん、まぁ、そんなとこだ」


タスクは決まりが悪そうに頭を掻くと、改めたようにイオに向き直った。


「なあ、イオ。さっきイオが言ったように、俺はこの戦いを続けたい。けど、俺1人だと戦いを続けることはできない。だから、一緒に戦ってくれるか?」


イオは頷きとともに応えた。


「勿論だよ」






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