23 光風霽月
タスクとイオは、聖域の最奥にある祈りの場へ辿り着いた。
以前と変わらず木々が途切れ開けた丘の上には大きな岩があり、周囲では背の高い草が穏やかな風に揺られている。
「ここは俺がやる」
祈りの場である岩の前で剣を抜いたタスクは、剣から光の力を体へ流し体を巡らせた光の力を再び剣へ戻した。
タスクが光の力を体へ巡らせ始めたところで周囲に変化があった。2人の横で景色が僅かに歪んだかと思うと、まるで浮かび上がるかのように大きな扉が現れた。大きな両開きの扉は、ナウリの村の祈りの場で見た扉と殆ど変わらず簡素ながらも重厚感のある佇まいである。
「よしっ」
扉を見上げたタスクが思わず呟くと、隣から頷く声が聞こえてきた。
「たくさん練習したもんねぇ」
感慨深げに頷いているイオを見たタスクは、さっさと剣を収めると扉に向けて手を伸ばした。
「ほら、開けるぞ」
タスクが触れると扉がゆっくりと開いていき、内側には前回と同じように暗闇が広がっている。
「…行こう」
タスクはイオと顔を見合わせると、一度頷き合ってから扉の中へ足を踏み出した。
暗闇の中へ踏み出したのは一瞬で、扉を抜けるとすぐに明るい光景が広がる。それと同時に全身を吹き抜ける風と目の前の光景にタスクは息を飲んだ。
「これって…」
タスクが呆然としたまま足を進めたところで、後ろから同じように息を呑む声が聞こてきた。
「どういうこと…」
イオの声はすぐに、吹き抜ける風に飛ばされていく。
2人の視線の先には、前回の結晶の神殿のように簡素な外観の小さな建物があった。しかし、その建物のある地面は途中で途切れ崖のようになっており、その向こう側には白い雲が通り過ぎてゆく。2人がいる地面も暫く歩いた所で途切れており、2人はゆっくとその縁へ近づいた。途切れた地面の近くに膝をつけ下を覗き込むと、数十メートル程下で崖が途切れ遥か彼方に青々とした森が広がっている。建物の両側も30メートル程で途切れて崖になっており、完全に地面ごと浮いた状態のようだ。2人がいる場所も、扉から周囲30メートル程の所で地面が途切れその向こうでは白い雲が通り過ぎていく。
「これ、本当に宙に浮いてるの?」
イオが信じられないと言うように首を横に振っている隣りで、タスクは感心したように辺りを見回していた。
「すげえな。一体どうやって浮いてるんだ?」
「…凄いけど…、どうやって向こうに行くかも問題だよ」
「…確かに…」
イオが指差したのは神殿と思われる建物がある島で、2人がいる島とは完全に離れており双方を繋ぐ橋のような物は見当たらない。
イオはそっと地面の縁から離れ立ち上がると、胸に手を当てほっと息をつく。
「念の為、辺りを見てみる?…何もないと思うけど…」
2人の居る島は中央にここへ来た時の扉があり、その周囲は所々に短い草が生えているだけの平坦な地面があるだけであった。
「でも、向こうへ行く方法はあるはずだろ?」
立ち上がったタスクは、正面にある神殿へ目を向けた。丁度正面にある扉はここへ来る時に通った扉と同じような作りをしていて、まるで2人を試すかのように佇んでいる。
「それにしても、空の上は風があるね」
タスクの後ろで、イオが絶えず吹き付ける風に目を眇めた。
「風、かぁ…」
地上より強く吹き付ける風が耳元で鳴る中、タスクは不意に剣に片手を添えて地面の縁にしゃがみ、もう片方の手を地面が途切れ何も無い空間へ伸ばした。ゆっくりと下された手が地面と同じ高さまで来たところで、指先に硬い物が触れ動きが止まった。手の平を下ろすと、まるで地面の切れ目からそのまま見えない地面が続いているかような感触が伝わってくる。はっとしたタスクがゆっくり顔を上げると、足下から神殿がある地面まで5メートル程の幅の平らな地面が続いているのが風の中に紛れるようにして薄らと見て取ることができた。
「見つけた…イオ!」
タスクは振り向くと離れた所にいたイオに向けて手を振った。
声に気がついたイオはタスクの後ろの方へ近づく。
「何か見つかったの?」
「ああ、道があった」
タスクはそう言うと、足先の何も無い空間を叩いた。
「え?」
「ほらここ」
イオが隣にしゃがむと、タスクはもう一度足の先の空間を叩く。すると、何も無いはずの空間から硬質な音が響いた。
「目には見えねえけど、ここから向こうの島まで地面が続いてる」
「地面が?」
イオはそっと、タスクと同じように何も無いように見える空間へ手を下ろした。すると、地面と同じ高さの所で指先に硬い何かが触れる。手の平で触ると地面のようにざらざらとした感触が伝わり、その様子にイオは目を見張った。
「本当だ。見えないけど、地面がある。…でも、どうして向こうまで続いてるってわかるの?」
「偶にたけど、何となく道の形が見えるんだよ」
「道が見えるの?」
イオは試しにタスクがしているように、片手で剣に触れながら正面を見てみたが目に映るのは何も変わらず、何も無い空間には道らしき物は見えなかった。
「私には何も見えないよ」
「そうなのか?…じゃぁ、俺が先に渡ればイオにも道があるってわかるだろ?」
「えっ…まぁ…わかるけど…、本当に渡るの?」
「ああ、じゃないと向こうに行けないだろ?それに、道幅も結構広いからちょっと転んだって平気だよ」
タスクはそう言いながら、道幅を示すように両腕を広げた。
「そうは言っても…」
「じゃ、行くぜえ」
イオが言い淀んでいるうちにあっさり立ち上がったタスクは、一度短く息を吐くと何も無い空間へ足を踏み出した。イオが声にならない声を上げるなか、タスクが下ろした足は何も無いように見える空間でぴたりと止まった。タスクが顔を上げれば、まるで吹き抜ける風に紛れるように対岸まで続く地面の輪郭が時折浮かび上がる。
「よし」
足の裏から地面と同じ感覚が伝わってくるとタスクは小さく一言呟き、一歩また一歩と目に見えない地面を歩いていった。イオが息を詰めて見守る中、タスクは着実に歩みを進め対岸まで渡り終えた。神殿のある島へ足を着けたタスクは、口元に笑みを浮かべると背後を振り返る。
「大丈夫だ!イオも来いよ!」
タスクの声にはっとしたイオは、もう一度存在を確かめるように見えない地面にそっと触れるとゆっくり立ち上がった。顔を上げると、正面ではタスクが明るい表情で大きく手を振っている。
「…大丈夫、大丈夫」
ゆっくりと息を吐き出したイオは、自分に言い聞かせるように呟きながらそろりと足を踏み出す。見えない地面に無事足がつくと、知らず知らず詰めていた息を吐き出しもう一歩踏み出した。イオは、気を抜けば風で体が倒れてしまいそうな感覚の中、一歩づつ慎重に足を進めて行く。
「あいつ、大丈夫か?」
青白い顔で恐る恐る歩くイオに苦笑いをしたタスクは、イオに向けて片手を上げて声をかけた。
「道幅はあるから大丈夫だ!そのまま、真っ直ぐ歩いて来い!」
ゆっくりながらも足を進めたイオは、最後はタスクの手に引き上げてもらうように渡り終えた。地面の縁から離れた位置まで来たイオは、崩れそうになる膝を手を付いて止める。
「もう、なんなの…」
「ははっ、大丈夫か?」
先に渡ったのにも関わらず何事も無かったかのように苦笑いを向けるタスクに、イオは恨めしそうな目を向ける。
「タスクは何でそんなに平気なの?」
「何でって言われてもなあ。地面があるって、わかるから?」
タスクがあやふやに答えると、イオはため息を吐いた。
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