18 水の声
『恵みの力の結晶を呼び出しましょう』
ミールの言葉にタスクは辺りを見回す。
「その力の結晶って、本当にここにあるのか?ここには何もねぇけど」
『えぇ、力の結晶は神殿自体に隠されているので大丈夫ですよ。さっそく、力の結晶を呼び出す準備をしましょう』
「たしか、力の結晶を呼び出すには前にやった力の刻み込みをするんだよね」
イオが首を傾げなから呼びかける。
『そうです。2人の足下に円形の模様がありませんか?』
タスクとイオは足元を見回した。
それまでは気に留めていなかったが、神殿の中央に直径2メートルほどの円になっている細い溝が掘られていた。
「ああ、あるぜ」
タスクは足下の円を見回した。
『力の刻み込みは、その円の中に行います。2人とも、剣の準備をして円の中に立ってください』
ミールの言葉に合わせて2人が剣を抜き円の中に立つと、イオは顔を上げた。
「準備できたよ」
『では、始める前に少し説明をします。この神殿に隠されているのは、水の恵みの力の結晶です。この力の結晶は、水の恵みの力の適正がよりある者を選びその力を与えます。力の結晶に選ばれたら、臆せず力の結晶に手を伸ばしてください』
昔話によると恵みの力は、ある者は水、ある者は風など人それぞれで操る恵みが異なり、水の恵みの力を操る者は雲の無い空から雨を降らせ水の無い道に川を流したと言われている。
ミールの言葉に2人は同時に頷いた。
「わかった」
『では、始めましょう。…2人とも剣の先を床に付けてください』
2人は向き合うように立つと、静かに剣先を床に付けた。
『剣の光の力に意識を向けましょう。神殿に2人の祷力を確実に記憶させる為に、光の力にしっかりと祷力を乗せていきます。光の力を腕から体に巡らせ、体内の祷力とよく馴染ませてください』
2人はミールの言葉に合わせて剣から光の力を体に巡らす。心なしか、いつもよりもはっきりと光の力を捉えることができ体へも巡らせ易い気がした。
『体に巡らせた力を剣へ貯めてください』
剣に力を戻していくと、光の力とは別のものの感触があった。2人が祷力の存在を確認しているとミールの声が降りてくる。
『貯めた力を全て流すように床へ流してください』
ミールの声に合わせて2人は一気に剣の先から力を流す。
2人が力を流した途端、剣先から床へ光の波紋が広がった。くっきりとした2つの光の輪は1つに合わさると、さらに勢いを増して一気に部屋全体へ広がっていく。床から壁、天井へと光の波が広がるのを見上げていると2人の目の前で変化が起こった。部屋に広がった光のかけらが舞う中、2人が部屋の中央を見ると空中に光の粒が浮かびそこへ引き寄せられるように光のかけらが集まっていた。光の粒は瞬く間に大きくなり、直径3センチほどの球体になった。宙に浮く球体は深い青色をしていて、内側に光を宿す様子は光に照らされ輝く湖を思い出す。
神秘的な光を放つ球体に2人は目を奪われていた。
「すげえな…」
思わず呟いたタスクの言葉はイオの耳には届かず、神秘的な青い輝きに意識が吸い寄せられていた。
この光、何処かで見たような…
イオが思い出せそうで思い出せないもどかしさを感じていると、青い球体が脈を打つかのように輝いた。その光を受け、イオの心臓も一つ強く脈を打つ。それと同時に、イオの頭の中にいくつもの光景が駆け抜けるように流れた。
この、光は…
イオは最後に流れた光景がいつ見たものなのか思い出した。それは、小さい頃に村の湖の深い所に潜り水面を見上げた時に見た光景だった。その光景は、先ほど思い出そうとしていた球体の青い光とよく似ていた。
もう一度青い球体が輝いた時、イオは無意識に手を伸ばしていた。
「イオ?」
タスクがその光景に呟くように声をかけたが、イオにはその声が届いていなかった。
イオはまるで湖の水を掬うような感覚で青い球体に手を伸ばしていた。青い球体も、まるで迎えに行くかのようにイオに近づいていく。そして青い球体がイオの手に触れた瞬間、眩い光が広がり2人は瞬く間に光に飲み込まれた。
「っ……!」
光が広がった瞬間、イオはまるで全身に大量の水が落ちてきたかのような重い衝撃を受けた。重い衝撃に耐える中、何処からか微かに人の声が聞こえた気がした。
『君が…継承者か…まぁいい…この力に恥じることの無い…行いをすることだ…』
ふと衝撃が消え全身が軽くなり、イオが顔を上げると青い球体は既に消えていた。その代わり、全身に何かが広がり押し寄せるような感覚が微かに残っている。
「…イオ、どうした?」
聞こえてきた声にはっとしたイオは宙を向いていた視線を下げると、そこには不思議そうな顔をしたタスクの姿があった。
「タスク…今、何か聞こえた?」
「いや?何も聞いてないけど。…イオがあの丸いのに触って、光が眩しくなって周りが見えなくなった後、光が引いたから声をかけたんだ」
「そっかぁ…」
朧げに聞こえた気がした声は気のせいだったのだろうかと、イオが首を傾げているところにミールの声が降りて来た。
『今回、力の結晶に選ばれたのはイオだったようですね』
「なぁ、今何が起こったんだ?あの丸いのは、何処行ったんだ?」
勢い込んで聞くタスクに穏やかな声が応える。
『先ほどの球体が力の結晶です。力の結晶は今、イオの中にあります。力の結晶がイオの中に溶け込む時、何かしら身体に反応があったはず』
「そうなのか?」
すかさずタスクはイオを振り向く。
「まぁ…、全身に重い衝撃はあった」
「へぇ、俺が選ばれてもそういうのあるのかな?」
楽しそうに言うタスクとは裏腹に、ミールの静かな声が降りる。
『イオ、力の結晶に触れた時の感覚を忘れないようにしてください。それが、恵みの力を使う時の手がかりになります。剣を握る時は思い出すようにしてください』
「…うん…わかった」
イオはいつの間にか余韻の様に残っていた感覚が無くなっていた事に気づき、自分の手を見下ろした。
「よし!ここの力の結晶は手に入れたし、次行くんだろ?」
元気よく言うタスクにイオは無言で視線を送る。
『はい。次の場所はフーイリの村です』
「俺たちの、村?」
『はい、2人が住んでいた村にも神殿が隠されているのです。聖域も祈りの場も知っているでしょうが、管理をしている語伝の方にはご挨拶に行ってくださいね』
「ねぇ、ミール。私、本当にこれで恵みの力が使えるのかな?」
イオは既にいつもと変わらない手を見つめ、訝しげに首を捻った。
『今すぐに使う事は難しいでしょうが、時が来れば先代の記憶が補ってくれるでしょう。今は先ほどの感覚を忘れずに思い返すようにしてください』
「…わかった…」
イオは一つ息をつくと頷いた。
「よし!じゃぁ、次の神殿へ行こうぜ」
元気に言うタスクにイオは無言で視線を送る。
「っ…、なんだよ」
「なんでもない」
2人のやり取りにミールの笑った気配がした。
『道中、また闇の魔物が現れるかもしれません。くれぐれも気をつけて、向かってくださいね』
「ああ、任せとけ」
「…うん、気を付けるね」
タスクは元気よく頷いて応え、溜息を飲み込んだイオもまた頷き返した。
それではまた、と言葉を交わすと2人は神殿を後にした。
昔話のつづき なか @nakanaka2103
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