19 導くのは



タスクとイオが神殿から出て水の壁が聳え立つ階段を登りきると、まるでそれを見ていたかのように水の壁が崩れ階段が水の中に沈んだ。


「…まるで、私達の動きがわかっているみたい」


「いったい、どうなってんだ…」


タスクの声は、周囲に広がる森に吸い込まれるかのように消えていく。何事も無かったかのように静かに水を湛える湖を見て、タスクはため息をついた。


「…とりあえず、行くか」


「…そうだね…」


イオは目に焼き付けるかのように湖と森を眺めてから、背を向け歩き出したタスクを追いかけた。



「扉って、閉めたっけ?」


祈りの場へと繋がる扉の前に来たタスクは、腕を組んで大きな扉を見上げた。来た時と変わらずにそこにある扉はいつの間にかぴったりと閉じている。


「いや、閉めてないけど、そう言えば閉じるのも見てもないね…」


扉に歩み寄ったイオはタスクと同じく扉を見上げた。


「これって、触ればまた開くってやつだろ?」


言うが早いか、タスクは片手を伸ばし扉に触れた。

すると、僅かな音を立て扉がゆっくりと開き出す。2人が扉に合わせて後ろに下がると、次第に扉の向こう側が見えてきた。

扉の向こうには霞がかったような森の姿が見え、タスクは思わず首を捻る。


「あれ?今度は黒くないんだな」


「ぼやけて見えるのが気になるけど…、霧とは違う様な気がする」


「確かに、なんか見え方が…まぁ、出てみればわかるな」


「…今回は、私が先に行くね」


そう言ったイオが扉に向かって歩き出し、扉の向こうへ踏み出すと扉の枠を境にイオの姿も朧げなものになった。


「なんだか、向こうとこっちは別の世界みたいだな…」


扉の向こうのイオは、周りの様子を見ているようだが特に変わったところはなさそうだ。

タスクはその様子を見ると扉の向こう側へ踏み出した。

扉を潜ると、祈りの場を囲む森と岩壁を伝って水が流れ込む小さな湖が周囲に広がる。光の差し込む加減の所為か、辺りに広がる空気も変わった気がした。

タスクが辺りを見回していると、扉が僅かな音を立てて閉じ始めた。そしてゆっくりと閉じた扉を見ていると、段々と全体が透けだし、そのまま宙に溶けるように消えてしまった。タスクは消えた扉のもとへ手を伸ばすが、伸ばした手は空を掴むだけで扉は跡形もなく消えてしまっている。


「どうなってんだ…って、今日1日でどんだけ言えばすむんだよ」


タスクが思わず頭を抱えると、イオも大きく息を吐く。


「本当、今日は驚く事がありすぎ。とにかく、もう村へ戻ろう」


帰りの道のりは、滝横の高い階段を除いて問題なく進む事ができた。無事に戻った事を、道に迷う事を心配していた語伝の下へ報告に行くと笑顔で出迎えられこう言い添えられた。


「無事に行って来られてなによりだ。捜索隊を編成せずに済んでよかった」


苦笑いで語伝の家を出たタスクは思わず呟いた。


「俺たち、遭難するって思われてたのか?」


苦笑いと共に肩を竦めたイオと共に、その日は村で宿を取ることにした。





次の日の朝、2人は何気なく朝の準備をしていて驚いた。昨日までは、何をするにも体の何処かが痛んだが今朝はほとんどその痛みが無く、傷も跡が残るのみでほぼ治っていた。

あまりの治りの早さに、タスクはしげしげと傷の消えた手を見た。


「怪我って、こんなに早く治ったっけ?」


「今まで飽きるほど怪我しておいてよく言うよ。…きっと、光の神が私達の体に何かしたんでしょ」


「光の神って何でも出来るんだな…」


「そうだね、何でも出来るのかもね…」


次の目的地への道を歩きながらタスクは感心したように道の先を見つめ、イオは何処か遠くを見るように道の先を見つめた。






その後、川沿いの道も離れ暫くは何事もなく進むことができた。ナウリの村を離れてから数日が経ったその日は、徒歩での移動をしていたが空を雲が覆い始め雲行きが怪しくなってきていた。


「雨が降る前に着くと良いんだけど」


イオがそう言いながら空を見上げた時だった、背筋に覚えのある寒気のような感覚が僅かに走った。


「っ、…魔物がいる」


「何処だ」


2人の間に一気に緊張が走る。


「まだ距離があるんだと思う。でも…近づいて来てる」


イオが僅かに感じた寒気は、次第にはっきりとしたものになってきている。

2人は周囲に目を走らせながら剣を抜いた。


「確かに、魔物の気配だ」


魔物が近づいて来たからか、タスクにも魔物の気配が掴めるようになってきた。

近づいて来た気配からして魔物の姿が見えてもおかしくないのだが、周囲に広がる緑の森に変化はない。


「…上から、気をつけて!」


魔物の気配にはっとしたイオは、空を見上げ指を差した。

タスクがイオの指差した方向を見上げると、木々の合間から空を飛ぶ鳥の影が見えた。


「鳥の魔物…」


木々の合間から2羽の鳥の姿が確認出来た直後、まるで上空から降るように魔物が急降下してきた。2人は急いでその場から離れ、最後は頭から飛び込むようにして魔物から離れる。地面を転がり振り返った先には、地面にぶつかる前に器用に方向転換し飛び上がっていく魔物の姿があった。上空に見るよりも遥かに大きなその姿は、翼を広げると2人の身長以上もあり茶色と黒色の羽根で覆われた体は力強さを感じる。2人は飛び去った魔物の姿を目で追い、背中合わせで剣を構えた。


イオが構えた剣に祷力を流すと、結晶の神殿で感じた広がり押し寄せるような感覚が体に蘇ってきた。ナウリの村を出てから鍛錬で剣を握っても現れなかったその感覚は、改めて感じる事でその正体がはっきりとした。


この感覚は間違いなく、『水』の感覚…


イオが確信を得ると同時に、正面の道の先に魔物が旋回しこちらへ向かってきた。

魔物の姿を認めた途端、イオは走り出す。そして、魔物に近づく前に剣を勢いよく振り下ろした。すると、剣を振った切っ先から水の塊が飛び出し正面に迫る魔物を撃ち抜いた。イオの頭と同じくらいの大きさの水の塊が当たった魔物は、勢いよく地面に転がり動かなくなった。


タスクが、正面の道へ旋回をし姿を現した魔物へ剣を構え集中した時だった。


「タスク、下がれ!」


背後から足音と共にイオの声が聞こえ、タスクは咄嗟に横へ避け道の端へ下がった。すると、タスクの横を何かの塊が駆け抜け魔物に正面から打つかった。


「あれは、水?…」


水の塊に打ち抜かれた魔物は、勢いよく地面に転がり動かなくなった。つい先ほどとは形が変わってしまった魔物は、次第に体が透き通りだしそのまま消えていく。タスクが後ろを振り返ると、イオが相対していたと思われる魔物の消えていく最後のカケラが見えた。魔物を2体とも倒した事を確認したタスクは、目の前のイオに顔を向けた。イオは肩で息をしながら、下ろしている剣へ視線を落としていた。


「凄いな…今のは、一体…」


イオは一度、僅かに眉根を寄せてから視線を上げた。


「…恵みの力、だね。この前の結晶の神殿で、力の結晶を触った時と同じ感覚があった。…まだ、どうやって使ったのかわからないけど。確かに…先代の記憶で使えたみたい」


イオは大きく息を吐きながら剣を収めた。

その時、イオははっとして空を見上げた。


「雨…」


イオが呟いたのを見計らったかのように、イオの頬に水滴が1つ落ちてきた。






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