16 流れの先




「私に何か用かな?」


「こんにちは。私達、昨日河原で倒れていたところを語伝の息子さんに助けていただいた者で、お礼を言いたくて来ました」


イオの言葉に、老父は何かを思い出したかのように頷いた。


「ああ、君達だったのか。息子から話しは聞いているよ。私は村の語伝をしているミモリト。元気になって良かった。…治っては、いないようだけどねぇ」


2人の治療の様子を見て語伝は苦笑いを浮かべた。

語伝の視線の先を目で追ったイオは、治療の様子がわかる自身の姿を見て小さく苦笑いを浮かべ首を振る。


「私はイオと言います。こっちはタスク。息子さんのおかげで、早く治療を受けることができました。ありがとうございました」


「それは良かった。今、息子は出かけていてね。話しは伝えておくよ」


「それと…、私達は語伝の方にも用事があります」


「おや、それは何だろうか」


語伝は言葉とは裏腹に、全く驚いた様子もなく続きを促した。


「私達はミール王女のご命令で、各地の聖域を調べています。聖域の中核地である祈りの場に行きたいのですがよろしいですか?」


イオはそう言いながら、首から下げていたペンダントを取り出した。その先には3センチ程の六角形の台座が付いており、そこには王家の紋章が描かれていた。


「なるほど、話しは聞いているよ。こっちで話しをしよう」


ペンダントを見た語伝は納得したように頷くと、2人を庭へ促した。

生垣を超えた庭へ案内された2人は、穏やかな陽に包まれた先にある簡素な机とそこに揃えられた椅子を勧められた。椅子に腰掛けると語伝は改めてペンダントの確認を求めた。イオは首からペンダントを外すと語伝に渡す。


「確かに、王家の使者の印と王女様の象徴だね」


そのペンダントは神々の神殿を出る時に、聖域に入る許可を得る時に見せるようにとミールから受け取った物だった。六角形の台に王家の紋章が描かれているのは王家の使者を表しており、紋章の裏側には王家の一人ひとりを象徴する花の模様が1つ描かれていた。


「伺っていた通りだねぇ…。聖域への立ち入りは許可しよう。祈りの場へ向かうのだろう?案内は必要かい?」


「いえ、場所さえ教えてもらえれば2人で行ってきます」


タスクの言葉に語伝は穏やかに頷いた。


「村の湖にある滝の上が聖域になっている。祈りの場は滝の上流にあって少し距離があるから準備をして行くといい。川沿いの一本道だが、聖域内は霧が出やすくて村の者でも道に迷うことがある。だから、くれぐれも川からはあまり離れないように注意するんだよ」


語伝から注意事項を聞くと、見送りに出てくれた語伝へ挨拶をして2人は聖域へと向かった。

遠ざかる2人の姿を見送りながら語伝はふとため息をついた。


「話には聞いていたが、やはり若すぎる…」


小さくなる2人の後ろ姿は、彼にとってはまだ幼さが残る子供のものであった。


「だが…動き出したものは止められないか…」






「でかいよな〜」


語伝の家を出て簡単な準備をした後、2人は滝へと向かう湖沿いの道を進んでいた。

タスクは湖の脇に出てからずっと、湖を眺めたり水面を覗き込んだりと忙しない。

目の前に広がる湖は対岸の物が指先よりも小さく見えるほど大きく、穏やかに満ちる水は透き通っていて手前から奥に行くほど深い青色になっている。僅かに波打つ湖面が、陽の光を反射して複雑に輝く様はとても綺麗だった。


「はしゃぎすぎて落ちないようにね」


「子供じゃねえし、そんな落ちるかよ。っわ!」


イオに声をかけられた途端に、打ち寄せた水飛沫がかかりそうになったタスクは慌てて水際から離れる。

その様子に笑い声を上げたイオに、タスクも釣られて笑い出した。フーイリの村を離れてから気を張っていた反動か、久々に穏やかな空気が流れる。しかし、今の目的はこの先にある聖域だ。

ナウリの村から湖を挟んだ反対側に滝があり、村から見た時には遠くにある岩壁に白い帯のような物が垂れ下がっているように見えていたが、湖を回り込み徐々に大きくなるその姿に2人は唖然とした。滝へ近づく程に、高さを感じられなかった岩壁は聳り立つようになり聞き慣れない地響きのような音も聞こえ出した。


「これ、大きすぎないか?」


辺りに茂る木々の間から覗く滝の姿を見上げ、低く響く音に負けないように声を少し大きくしてタスクが言う。


「私も、ここまで近くで見たのは初めてだから驚いてる」


イオも釣られて声を大きくしながら頷く。

滝が落ちる岩壁の側まで来た2人は呆気に取られながら滝を見上げた。近くで見た滝は大河がそのまま落ちてきたような幅があり、反対側が見えないほど奥まで続いている。高く聳え立つ岩壁も、首が痛くなるまで見上げても頂上がわからないほど高く、滝の落ちる地上付近は多量の水飛沫で近づくことも困難だ。

聞き慣れない地響きの様な音が滝の音なのだと目で見て確認をしながら、滝から少し離れた岩壁にある物を見て2人は再び唖然とした。


「まさか、これを登るのか?」


口を開けたまま岩壁を見上げたタスクの言葉にイオが頷く。


「そのまさか、だね…」


語伝から、滝の横の岩壁から上に登れるようになっているから気をつけて登るようにと聞いていたのだが、2人の目の前には想像を絶する長さの葛折の階段が聳え立っていた。


「本当に、皆んなこの階段を使っているのか?」


「語伝の言った通りだし、一本道だって言ってたからねぇ…」


認めたくないように呻くタスクの横で、イオもため息をつく。


「うだうだ言ってないで、行くよ!」


イオの掛け声で登り出した2人だが、結局は一気に登りきることは出来ず途中で休憩を取ることになった。


「うぅわっ、高ぇ」


途中でふと下を見たタスクは思わず声を上げた。

その隣では岩壁を見つめながらイオが首を振る。


「見ない、見たら絶対動けなくなる…」


ようやく頂上まで登り切ると2人で大きく息をつく。


「さすがに応えるな」


「ここの聖域なら、わざわざ来る人もいないね」


一息つく2人の横では大きな音を立て川が流れている。目的地の祈りの場はこの川の上流にある。

さっそく川沿いの山道を2人は歩き出す。辺りは木々が生い茂り、時折木や段差を迂回するように森側へ道が入ると途端に川の音が小さくなり周囲の雰囲気が変わる。道標になる川が見えない時に霧が出れば迷ってしまうのが想像できた。

暫く進むと、川の幅が半分程になっている事に気づいた。それほど距離を歩いたわけではなかったはずだが、川の水が何処から来るのか不思議に思えた。

それからも何処までも続くように感じる川をたどり続け、川の幅がさらに半分ほど狭くなった。さらに上流へ向けて進んでいくと、不意に目の前の視界が開けた。


「ここは…」


開けた空間に出た所でタスクは足を止めた。


「…祈りの場、に着いたみたいだね」


イオも辺りを見回しながら足を止める。

そこは奥行きが50メートルほどの開けた空間になっており、奥には来る時に登ってきた岩壁ほどの高さはないが2人の身長の倍以上の高さの岩壁があった。岩壁の中央には小さな滝が静かに岩肌を伝っていて、麓の小さな湖に注いでいた。湖の水は透き通るほど透明で、陽の光を受けて明るく輝いている。


「凄いな…」


輝く湖の影響か、その空間は淡い光に包まれているかの様に静謐な空気が満ちていた。





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